第7章 親と子のボーダーライン(その249)
「そ、そうだねぇ・・・。
ボクちゃんに、そんなことを言っても始まらないかもねぇ・・・。」
お婆さんは、溜息をひとつ付いてからそう言った。
難しいことを言ったとの思いがあるようだった。
「・・・・・・。」
哲司は黙ったままで、頭を横に振った。
決して、難しい話をされたという感じはなかったからだ。
ただ、今の哲司の立場では、素直に「そうだね、両親には感謝しなくっちゃ」とは言えなかっただけだ。
学校でも、「親に感謝をする」なんてことは、道徳の時間に出てくる教科書ぐらいだった。
確かに、親の力なくしては子供は生きてはいられない。
衣・食・住のすべてを親から与えられているのだ。
それでもだ。
子供の立場から言えば、「それは当然」という思いもある。
哲司もそうだが、子供は自分の意思で生まれてきたのではない。
よく「生んでくれって頼んだわけじゃない」っていう言葉が荒れた家庭を象徴するように言われるが、大なり小なり、哲司にもそうした思いがあるのは事実だった。
「どうして、こんな点しか取れないの? もっと、勉強しなさい。」
テストが返されるたびに、そう言われる身にもなってみろって思う。
自分ではそれなりに頑張っているつもりなのだ。
ただ、如何せん、理解力と記憶力に欠点があるようだ。
いくら時間をかけても、覚えられたないし、理解できないのだ。
「じゃあ、どうすれば良い?」
その問いに、親は答えてくれない。
ただ、ひたすら「もっと勉強しなさい」と言うだけだ。
だから、返されたテストを見せなくなるのだ。
結果が目に見えていたからだ。
哲司は、体育の実技だけは良い点が取れる。
だからと言って、別に努力をしている訳ではなかった。
練習なんかも一切してはいない。
それでも、同学年でトップ5に入る結果は残せた。
それと同じで、人間には「持って生まれた能力」ってのがあると思う。
だから、勉強の出来る奴は、殆ど苦労しないでも満点に近い点数が取れる。
そうした能力がたまたま自分には備わっていないから、いくら勉強をしようとしても、時間ばかりを食って結果が残せない。
つまりは、そのように生んだ親の責任じゃあないのかと・・・。
事実、殆ど毎日哲司と一緒に放課後を遊んで暮らしている龍平は、すべての教科でトップレベルにいる。
とても、隠れて猛勉強をしているとは思えない。
やはり、持って生まれた能力の違いなんだろうと思うしかなかった。
(つづく)