第7章 親と子のボーダーライン(その247)
哲司は、お婆さんが布団の中から伸ばしてきた手を取った。
どうしてそうしたのかは自覚が無い。
気が付いたら、そうしていた。
「人に寄っちゃあ、犬にそんなことをさせてって言う人もいるんだろうけれど、丸子は喜んでやってくれている。
少なくとも、婆ちゃんはそう思ってる。
丸子も、自分がこの婆の役に立っているっていうことは分かっているようなんだ。
だから、何かをしてくれたら“ありがとう”“よく出来たね”って褒めてあげるの。
丸子は、それを楽しみにしてくれてる。」
「ク~ン・・・。」
どうしてか、そのタイミングで丸子ちゃんがそんな声を出した。
「ボクちゃんも、ご飯はお母さんに作ってもらうだろ?」
「う、うん・・・。」
「そのことに対して、“作ってくれてありがとう”って言っているかい?」
「・・・・・・。」
哲司は答えられない。
そんなことを言った記憶がなかった。
ある意味、それが当然のようにも思っていた。
「婆ちゃんはね、ご飯を他人様に作ってもらってるんだ。
おまけに食べさせてもらってる。
こんな身体だしねぇ、自分じゃとても作れないし、食べられもしないんだよ。」
「・・・・・・。」
哲司は、それがヘルパーさんと言われる人なのだろうと思いはしたが、何も言えなかった。
「もちろん、お金は払っているよ。それでも、“ありがとう”っていう気持は忘れてないし、ちゃんとその都度“ありがとう”って言ってるんだよ。
それは、相手が他人様だから言うんじゃないんだ。
本当の意味で、“作ってもらってありがとう”“食べさせてもらってありがとう”って思うんだよ。
つまりは、感謝してるってことだ。」
「・・・・・・。」
「それを、ボクちゃんのお母さんは、それこそ毎日、ボクちゃんのためにって思って作ってくれてるんだろ?
感謝するのが当たり前じゃないのかねぇ・・・。
もちろん、ご飯作りだけじゃあない。
ボクちゃんのために、部屋をお掃除して、お洗濯をして、お買い物に行って・・・。」
「・・・・・・。」
「その、“ボクちゃんのために”ってのが大切だし、重要なんだよ。
お母さんとボクちゃんは、親子だよね。そして、家族だよね。
だからと言って、してくれるのが当たり前なんだろうか?
ボクちゃんはどう思う?」
「う、う~ん・・・。」
哲司は、今まで思っていたことをこのお婆さんにズバリ言い当てられたように思う。
だから、答えられないのだ。
(つづく)