第7章 親と子のボーダーライン(その246)
(確かに・・・。)
哲司もそう思った。
この丸子ちゃんほどにちゃんとした躾がされているということは、それだけ飼い主に愛されていたんだろう。
そうでなければ、これだけ人間に従順なペットにはならない筈だ。
だとすれば、それだけ愛情を注いでいた飼い主さんは、一体どうしたのだろうと思う。
おじさん警察官の話によると、この丸子ちゃんは、野良犬として保健所に収容されていたらしい。
そして、引き取り手が現れなければ、そのまま殺されてしまう運命だったようだ。
もし、その飼い主からはぐれて野良犬になったのであれば、きっと飼い主も必死の思いで探したのではないだろうか。
いや、今も、探しているかもしれない。
そうではなくって、何かの事情で、その飼い主は丸子ちゃんを飼えなくなったのだろうか?
それは、いくら考えても分からないことだ。
答えを出せる筈も無い。
ただ、現実に、丸子ちゃんはおじさん警察官に連れられてこのお婆さんのところへやって来たのだ。
そして、それ以来、ずっとここでこうしてお婆さんと暮らしている。
そうして考えると、サンタクロースの存在も信じない哲司だが、お婆さんが言う神様はどこかにいるような気がしてくる。
いや、ひょっとしたら、この丸子ちゃん自身が、神様が変身したものなのかもしれないとまで思ったりする。
「婆ちゃんはねぇ・・・、もう、いつ死んでも良い。いや、ちょっとでも早く死んでしまいたいって思ったことがあったんだけれど・・・。」
「そ、そんなぁ・・・。」
「だけんどね、こうして丸子が傍にいてくれるようになってからというもの、とても自分勝手にそんなことを考えるもんじゃないって思うようになったんだ。」
「ん? ど、どうして?」
「この子は、婆ちゃんのために生きてくれている。
だから、婆ちゃんも、この子のために生き続けてやらなきゃあって・・・。」
「・・・・・・。」
「だって、そうだろ?
人間は、決して自分のために生きてるんじゃないんだよ。」
「ん?」
哲司は、その意味が分からなかった。
誰だって、自分のために生きてるんじゃないのかって思うからだ。
「ここで、婆ちゃんが死んだら、この子は、また居場所がなくなるんだ。
駐在さんは、何とかしてやるって言ってくれてるけれど、それがこの丸子にとって幸せな場所なのかどうかは分からない。
ねっ! そ、そうだろ?」
お婆さんは、初めて哲司の身体に触れようとした。
(つづく)