第7章 親と子のボーダーライン(その243)
「・・・・・・。」
哲司も、もうお婆さんに言える言葉が見つけられなかった。
哲司が祖父のところに来ていると知って、「遊びに来たのかい?」とお婆さんは訊いた。
もちろん、哲司はそのつもりで来たのではない。
あくまでも、母親に引き連れられてのことだった。
だから、中途半端に「竹笛の作り方を習っている」と答えたのだ。
第一、祖父の家が「遊びに来る」対象とはならない。
はっきり言って、そうそう面白いことがあるものではなかった。
そもそも、その遊び相手がいないのだ。
同世代の子供がいるのでもなければ、テレビゲームがあるのでもない。
自分の家にいるほうが余程面白い。
だから、哲司も祖父の家に来るのも何年か振りだった。
そういう感覚があったにも拘らず、哲司もまた「お婆ちゃんの孫は遊びに来ないの?」と訊いてしまっている。
「周蔵爺さん、喜んでるだろ?」
お婆さんが羨ましそうに言う。
「う、う~ん・・・、どうなんだろ?」
哲司は、その質問には答えようがなかった。
そんな気もするし、そうでないような気もしたからだ。
祖父にとれば、いろいろと手間が掛かるのだろうとは思う。
食事ひとつをとっても、いままでは自分の分だけを作れば良かったのに、今は、どうしても哲司の分も作らなければいけない。
それだけでも手間だろう。
それが邪魔臭いからと、哲司の父親は無理矢理母親に同行させたぐらいだ。
おまけに、竹笛の作り方を哲司に教えると言う困難な宿題も負ったのだ。
単純に考えれば、「余計な手間」が増えただけだろう。
「いやいや、周蔵爺さんは喜んでいるに違いない。
目に浮かぶようだよ。来たら、冷かしてやろう。」
お婆さんは、そう言って顔をくしゃくしゃにして笑った。
と、退屈そうにふたりの会話を眺めていた丸子ちゃんが、すくっと顔をあげた。
「ああ・・・、もうそろそろかねぇ?」
お婆さんが言う。
丸子ちゃんの動きに心当たりがあるようだ。
丸子ちゃんが立ち上がった。
そして、お婆さんの顔を見る。
「ああ・・・、じゃあ、行っといで・・・。」
お婆さんがそう言うと、丸子ちゃんはいそいそと部屋を出て行った。
その後姿が、どうしてかお尻を振っているように見える哲司だった。
(つづく)