第7章 親と子のボーダーライン(その235)
「人間ちゅうのは、生まれるときもひとり。そして、死ぬときもひとり。
淋しいなんて言ってられないよ。」
お婆さんはゆっくりと一言一言を噛み締めるように言う。
まるで、自分自身に言い聞かせるようにだ。
「こ、怖くない? 死ぬのって・・・。」
哲司が思わず訊いた。
「こ、こら! そんなことを・・・。」
おじさん警察官が慌てて制止してくる。
大人の常識からすれば、寝たきりのお婆さんに向かって言ってはいけないことだったようだ。
顔色が変っていた。
「ああ・・・、そうだねぇ。何しろ、初めてのことだしねぇ。
どうなっちゃうんだろうって言う不安はあるんだろうけど・・・。」
それでも、お婆さんは意に介さないようだった。
哲司の顔をじっと見るようにして、これまたゆっくりと答えてくる。
「分からないから不安だと言うのと、怖いって言うのとは違うんだろうね。」
「ど、どうして?」
哲司は前のめりになるようにして訊く。
「いいかい? 人間って、いいや、人間だけじゃなくって、生きているものすべて、いつかは必ず死ぬもんだ。」
「か、必ず?」
「ああ、そうだよ。
だから、皆が同じようにいつかは必ず経験することなの。
誰もが経験することなんだからって考えたら、決して怖くなんか無いんだよね。
そうだろ?」
お婆さんは、何本か抜けた前歯を見せて笑う。
「そ、そっか・・・。」
哲司は不思議と納得をしてしまう。
「ボクちゃんは、自分が生まれてきたときのことを覚えているかい?」
お婆さんが話を切り替えてくる。
「生まれたときのこと? う~ん、覚えてない。」
「だろ? それと同じなんだろうね。」
「ん? ど、どういうこと?」
「婆ちゃんも、死んだ後、死ぬときのことを覚えちゃあいないんだろうって思うよ。
人間は、神様のところからこの世にやってくるんだ。
そして神様の下に戻っていくんだ。」
「・・・・・・。」
哲司は、どこかで聞かされたことのあるような話だと思った。
「神様は恥ずかしがり屋さんでね。
人間の記憶から、ご自分のことを消してしまわれるんだ。
だから、人間は、生まれたときのことと死んだときのことは覚えないようになっているんだ。」
お婆さんは、そう言って丸子ちゃんの頭を撫でた。
(つづく)