第7章 親と子のボーダーライン(その234)
「婆ちゃんの息子さんは一流企業の部長さんでな・・・。」
おじさん警察官は、そこまで言って、自分で言葉を飲み込んだ。
どうやら、子供の哲司に聞かせる話ではないと思ったようだった。
それに、守秘義務を負うべき警察官としての職務を思い出したのかもしれない。
「遠くなの?」
哲司が訊く。
その息子さんの家は遠いのかと訊いたつもりだった。
「ああ、東京だ・・・。だからでもないんだろうが、ここ数年村には戻ってない。」
「・・・・・・。」
哲司は、ふと自分の母親と祖父との関係を思い描いた。
今年は、親戚の法事があったから哲司を連れて戻ってきたが、哲司の母親もここ数年この村には来ていなかった。
哲司も、このお婆ちゃんと丸子の話に触れなかったら、きっとそうした事実にも何の感情も沸かなかっただろうと思う。
「私、東京なんかに行きたくは無いよ。」
おじさん警察官と哲司の会話を黙って聞いていたお婆さんがポツリと言った。
「・・・・・・。」
哲司がお婆さんを見る。
それよりも早く、お婆さんの元に駆け寄ったのは犬の丸子だった。
「で、でもなぁ・・・。婆ちゃんも、ここにひとりじゃ、淋しいだろ? それに、いろいろと不安もあるだろ?」
おじさんが疊掛けるように言う。
「ううん・・・、ここが良いんだよ。死んだ爺ちゃんもここにいてくれるし、丸子だっていてくれる。
それだけで十分。
それに、こうして親切に巡回してくださる駐在さんもおられるし・・・。
何かあれば駆けつけてくださるお隣さんもいてくださる。
ありがたいことです。
私は、息子のお荷物にはなりたくないんだ・・・。
ここで、最期を迎えたい。
ご近所にはご迷惑をお掛けしますが・・・。」
お婆さんは、ゆっくりと、それでもはっきりとそう言う。
そして、駆け寄った丸子の頭を撫でる。
「そ、そんな縁起でもないことを・・・・・・。」
おじさん警察官は苦笑いをした。
どうも、お婆さんの言うことに反論はしないつもりのようだ。
哲司は、そう言うお婆さんと祖父を重ねて見ている。
祖父も、「ここが良いんだ」と言っていた。
母親から、何度か「一緒に住もう」という話がなされていたようだ。
それでも、祖父はこの村のあの家を動かない。
今はまだそれでも良いだろうと哲司も思う。
祖父も、あれだけ元気なんだから。
だが・・・、このお婆さんのようになったらどうするのだろう?
そうした不安が一気に膨らんでくる。
(つづく)