第7章 親と子のボーダーライン(その233)
哲司は、どうしてか恥ずかしくなる。
犬と言えども、チンチンを見せられたからだ。
何とも不思議な恥ずかしさだった。
「でもな、本当にそんなことになるとは夢にも思ってなくて・・・。」
おじさん警察官が丸子ちゃんを畳の上に戻して言ってくる。
「ん?」
「だから、ここに来るまでに話したろ?
この丸子ちゃんが来てから、婆ちゃん、2度倒れてるんだ。」
「・・・・・・。」
哲司は、確かにそんな話を聞いたようにも思うのだが、こうして、その当人の前で改めて聞かされると、背筋にゾクッとするものを感じて言葉にならなかった。
寝ているお婆さんの顔を見つめるだけになる。
「一度は朝早くに、そしてもう一度は真夜中だった・・・。
この子は、さっきみたいに、ずっと婆ちゃんの傍にいるんだ。
夜、寝るのも、婆ちゃんの布団の端だ。
だから、婆ちゃんの異変に気がついたんだろう。
その2度とも、ちゃんと田原さんちに駆け込んで行ってだ、もうこれ以上は吼えられないってぐらいに大きな声で吼え捲くったんだ。」
「・・・・・・。」
哲司は、今度は丸子ちゃんの姿に視線を貼り付けて聞いている。
「で、田原さんちの若夫婦が飛んできてくれて・・・。
で、何とか助かったんだ。
一度は、救急車を呼んだほどだったんだが、それでも対応が早くって・・・。」
「・・・・・・。」
「その話を聞いたとき、おじさんは、まさに奇跡が起きたと思ったな。
そりゃあな、万一のことがあれば、そうして助けを求めに走って呉れればなぁ・・・とは思っていた。
それでもな、頭のどこかには、そんなに上手く行く筈は無いだろうとも思っていたんだ。
まあ、婆ちゃんの話し相手にでもなってくれれば・・・程度だった。
何しろ、この子は野良犬だったんだしな・・・。」
「・・・・・・。」
「だけど、奇跡は2度あるものじゃない。
だから、この子が婆ちゃんの命を救ったのは、明らかにこの子が持っている能力なんだ。
それだけ、婆ちゃんに対する愛情って言うか、信頼って言うか、そうした気持が強いんだろうな。
それこそ、婆ちゃんにとっては、家族以上なんだ。」
「・・・・・・。」
哲司は、あどけない顔をしている丸子ちゃんを見ていて、どうしてか涙が出そうになった。
「おじさんも、何度も息子さんには頼んだんだ。
婆ちゃんを引き取ってやってくれないかってな・・・。
このままだと、あまりにも淋しいだろ?」
「・・・・・・。」
哲司は、そのおじさん警察官の言葉で、祖父の顔が思い浮かんだ。
(つづく)