第7章 親と子のボーダーライン(その232)
「で、隣の若夫婦に来てもらったんだ。
若夫婦と言っても、もう50歳を超えているんだが・・・。」
「ん?」
哲司は、どうしてここでご近所が出てくるのかが分からなかった。
「実は、この家から一番近いのは、さっき行ったお寺なんだが・・・。」
「ああ・・・、あの階段がたくさんあった・・・。」
「そうだ。
でもな、いざというときには、この子があの階段を登れないだろうと思ってな。」
おじさん警察官は丸子ちゃんの短い足を持つようにして言う。
「それでだ、ここから100メートルほど離れてるんだが、その家の若夫婦に頼もうと思ってな。」
「な、何を?」
「この子の駆け込み先をだ・・・。」
「ん?」
哲司は、その意味が分からなかった。
「婆ちゃんが苦しくなってお医者さんを呼んで欲しくなったら、この子に隣の家に知らせに行ってもらおうって考えたんだ。」
「ああ・・・、なるほど・・・。」
「この家の裏から出て、田んぼのあぜ道を突っ切れば、その若夫婦の家に行ける。
それをこの丸子ちゃんに覚えてもらおうと思ってな。
で、その若夫婦の家と行ったり来たりを繰り返してもらったんだ・・・。」
「ヘェ~・・・、そ、それで?」
哲司は、それからの話に興味が沸く。
「そうしたらな、この子は、その点もすぐに飲み込んだ。
その家は、田原さんって言うんだが、婆ちゃんが“田原さんちに行って”と言うと、それだけでまっすぐに駆けて行くようになったんだ。」
「す、凄い・・・。」
「だろ?
で、保健所との約束の3日が過ぎようとした日に、婆ちゃんに訊いたんだ。
“どうする?”って・・・。」
「・・・・・・。」
「婆ちゃん、この子を貰いたいって・・・。
で、すぐにその手続きをして、正式にこの家の子になったんだ。」
「ふ~ん、そうだったんだぁ・・・。」
哲司はそう言うとともに、自分の祖父にも、こうした犬が傍にいたらなぁと思った。
「丸子ちゃんって呼んでるんだが、この子、実は男の子なんだ。」
「えっ! うっそ~・・・。そ、そうだったの?」
哲司は可笑しくなって笑う。
その名前から、てっきり女の子だと思っていた自分が滑稽に思えたのだ。
「でもな、婆ちゃんが“丸子”って名前にしたいって言うから、結局はその名前になって・・・。
ほらな、チンチン、ちゃんと付いてるだろ?」
おじさん警察官は、そう言って丸子ちゃんを抱え挙げるようにして哲司に見せてくる。
(つづく)