第7章 親と子のボーダーライン(その231)
「普通、犬に言うとすれば、“お座り”とか“お手”だろ?」
「う、うん・・・。」
哲司も、その言葉は犬に言ったことがある。
近くの公園に犬を散歩させに来る人が結構いたからだ。
「でもな、婆ちゃんからすれば、そんなことはどうでも良いんだ。
一番大切なことは、婆ちゃんがしんどくなったときだ。
つまりは、お医者さんを呼んで欲しいって時なんだな。」
「う、うん・・・。」
哲司は、なるほどなあと思う。
「ヘルパーさんが来てくれている時間であれば、それは問題が無い。
すぐに電話を掛けて貰えるからな。」
「う、うん・・・、そうだね。」
「でもな、ヘルパーさんは午前に2時間、そして夕刻に1時間しか来てもらえないんだ。」
「ど、どうして? もっと、長い時間いて貰えば良いのに。」
「ま、そうも行かないんだな。ヘルパーさんも、他のお年寄りの家にも行かなきゃ行けないしな・・・。」
おじさん警察官はそう説明をする。
本当は金銭的な面が背景にあるのだが、小学生の哲司に聞かせるべきではないと考えたのだろう。
「だから、問題は、そうしてヘルパーさんがいないときの時間なんだ。
とりわけ、夜だな。」
「・・・・・・。」
「婆ちゃんは心臓が悪くってな。だから、急に具合が悪くなることがあるんだ。
一応は、ああして枕元に電話を持ってきてはいるんだが、その電話すら掛けられない場合もあるんだ。」
「・・・・・・。」
「で、婆ちゃんに“助けて!”って言ってもらったんだ。」
「た、助けて?」
「ああ・・・、婆ちゃんが苦しくなったときにそう言うと思ったからだ。
するとだ、この丸子ちゃん、どうやらその意味を知ってたらしい。」
「ん?」
「慌てるようにして、婆ちゃんの顔を見に行ったんだ。
そして、婆ちゃんの顔を懸命に舐めたんだ。」
「・・・・・・。」
「これはおじさんの勝手な想像なんだが、この子は、きっと以前にも、そうしたお年寄りに飼われていたんじゃないかって・・・。」
「ど、どうして、そう思うの?」
「いや、それこそ、根拠なんてのはない。ただ、婆ちゃんの言葉をしっかりと聞いていて、その意味を理解できてたからな。
そうした環境で飼われていなかったら、例えどんなに賢い犬でも、そこまでは出来ないだろうと思ってな・・・。」
「そ、それで?」
「こりゃあ、ちゃんと教えれば、いざという時には、婆ちゃんの助けになるだろうと思ったんだ。」
おじさん警察官は、丸子ちゃんの身体を撫でながら言う。
(つづく)