第7章 親と子のボーダーライン(その226)
哲司は、躊躇した。
哲司の家ではペットを飼っていない。
従って、どう対応すればいいのかがよく分からない。
何となく「頭を撫でてやろうかな?」とは思ったものの、なかなか手が出なかった。
「丸子、こっちにおいで・・・。」
お婆さんが犬を呼んだ。
哲司が困っていると思ったようだった。
犬は、すぐさまお婆さんの傍に駆け寄る。
何とも素早い動きだ。
「丸子ちゃん、哲司君を初めて見たんで、興味深々なんだろう。
それに、その土産が気になるんだ。」
一連の動きを見ていたおじさん警察官がそう解説をしてくれる。
「こ、これは、ど、どうすれば?」
哲司は抱きかかえるようにしていた握り飯の小皿とクッキーのビニール袋の扱いを問う。
「婆ちゃん、これお土産だ。
握り飯は周蔵爺さんからで、クッキーは陽子ちゃんからだ・・・。」
おじさん警察官が、哲司が抱えていたものを指差すようにして言う。
「ああ・・・、それはそれは・・・、いつもありがいたいことで・・・。」
お婆さんは、布団の中で手を合わせる仕草をする。
「それ、婆ちゃんの枕元に・・・。」
おじさん警察官が哲司に言ってくる。
「う、うん・・・。」
哲司は、言われたとおりにお婆さんの枕元にそれらを並べるようにして置く。
「丸子ちゃんだけじゃないんだが、この犬種、フレンチブルドッグって言うんだが、飼い主に対する忠誠心が物凄く強いんだ。
そういう性格からなんだろうが、この丸子ちゃんは、例え、顔見知りのこのおじさんからでも、絶対に餌を受け取らないんだ。
偉いだろ?」
「へぇ~・・・、そうなんだ・・・。」
「飼い主の婆ちゃんが絶対なんだ。
婆ちゃんの言う事なら何でも聞くんだが、他の人間が何かを命令しようものなら、そっぽを向くんだ。
そういう犬なんだ。」
「・・・・・・。」
哲司は、改めて尊敬の眼差しを犬に向ける。
実際、今、哲司が持って行った握り飯にでも、チラチラ視線は向けるものの、それを食べに行こうとは一切していない。
相当に「我慢をする」ことに耐えられるようだ。
(つづく)