第7章 親と子のボーダーライン(その223)
「よっこいしょ!」
おじさん警察官は、そう声を掛けて哲司を自転車の荷台から降ろしてくれる。
「それは、その荷台に置いておけばいいよ。」
哲司が大事そうに抱えていた握り飯が乗った小皿とクッキーの入ったビニール袋を指差して言う。
「と、盗られない?」
哲司は真面目にそう思った。
「あははは・・・。この自転車が駐在所の物だと分かってて盗る奴なんかこの村にはいないよ。
大丈夫だ。置いときな。」
おじさん警察官は胸を張るようにして答えてくる。
「う、うん。分かった・・・。」
哲司は、たった今まで自分の尻が乗っていた荷台に、その小皿とビニール袋を置く。
木陰を吹き抜ける風が心地良い。
「駐在さん、こんにちわ。」
背後から子供の声がした。男の子だ。
哲司は、直感で自分と同年代だと思った。
「ああ、明夫かぁ・・・。この暑いのに、何をしてるんだ?」
「昆虫採集。」
まさに小学校低学年だと思える男の子が長い竹を持って立っていた。
「おお、夏休みの宿題か?」
「うん。タケとマモルに協力してやってるの・・・。」
「ん? タケとマモルって?」
「ああ・・・、親戚の子だよ。あいつら、セミ一匹取れないんだ。
下手くそなんだ。だから、教えてやってるの。」
明夫と呼ばれた子は自慢げに言う。
「そうか・・・、親戚の子が遊びに来てるんだな。
で、その子たちは?」
哲司も周囲を見渡すが、その子以外には子供の姿はなかった。
「お寺の境内だよ。あそこだったら、セミ一杯いるから・・・。」
「ああ、なるほどな・・・。」
「で、その子は、駐在さんちの親戚の子?」
男の子は、哲司を見てそう言ってくる。
まさに、ジロジロと見るといった感じだ。
「い、いや、この子は、周蔵爺さんちの孫だ。哲司君って言う。」
「ああ・・・、山根さんちの・・・。で、駐在さんはどこに行くの?」
男の子は、まるで職務質問をするかのように次々と訊いて来る。
「今からお寺だ。」
「そ、そうなんだ・・・。でも、住職さん、今はいないよ。」
「ん? そ、そうなのか?」
「うん。さっき、自転車で何処かへ出かけたよ。」
そう言ったかと思うと、その子は山門に通じる階段を駆け上がり始めた。
どうやら、親戚の子のところへと行くつもりのようだ。
(つづく)