第7章 親と子のボーダーライン(その221)
「へぇ~・・・、凄い牛なんだねぇ・・・。」
哲司は、チラッとでも、その牛をこの眼で見ておけば良かったと後悔をする。
小屋を覗こうとしたら、あの陽子お姉ちゃんに誰かと間違えられて声を掛けられたものだから、とうとうその牛を見ることが出来なかったのだ。
「あの牛、小屋にいたろう?」
「う、うん・・・。」
「あの小屋、裏は家の中へと繋がっているんだ。」
「ええっ! そ、そうなの?」
「ああ、冬場の寒い時期でも、牛が人間とほぼ同じ温かさでいられるようになってるんだ。
だから、言ったろ? 牛は家族と一緒なんだって・・・。」
「・・・・・・。」
そう言われても、哲司にはもうひとつピンと来ない。
犬や猫がペットとして人間と一緒に生活をしているのは分かるが、でっかい牛がそうして人間と同じ環境で生活をしているとことには現実感が伴わない。
「おお・・・、着いた。」
おじさん警察官は、そう言って自転車を止めた。
そして、先ほどと同じようにして、哲司を一旦は自転車から降ろしてくれる。
「すぐに済むから、ここで待っててくれ。」
おじさん警察官は、そう言ってその家の中へと入って行った。
「うん。分かった。」
哲司はそう言って、またまた周囲を見渡すようにする。
祖父の家からだと、相当な距離を来たことになるのだろう。
周囲の様子も随分と違って見える。
山が少し遠ざかったような気がしないでもない。
これで、おじさん警察官が一緒でなければ、哲司は不安になっただろう。
今おじさん警察官が入って行った家も、祖父の家と同様に、周囲を土塀が囲んでいる。
その壁の長さからすると、この家は祖父の家よりも大きいような気がする。
門のところに掛けられている表札が目に入った。
『門倉』と書かれてあった。
哲司は、それを「もんくら」と読んだ。
間違いなのだが、それを自覚する哲司ではなかった。
ただ、その字から、この家には倉がありそうだと思った。
それほどまでに、重厚な感じがする門構えだった。
「おっ! 待たせたな。」
ほどなくして、おじさん警察官が戻ってきた。
鞄を机代わりにして、何かノートのようなものに書き込みをしている。
哲司は、黙ってそれを見ていた。
お仕事なんだろうという意識がそうさせていた。
「次は、お寺だ。」
「お寺?」
素っ頓狂な声をあげる哲司を、おじさん警察官がまた自転車の上に乗せてくれる。
(つづく)