第7章 親と子のボーダーライン(その219)
「あら、そうなの? だ、だったら、その丸子ちゃんちに届けてもらえます?」
陽子お姉ちゃんが言い出す。
「ん? 何を?」
「私、学校の家庭科の実習で習ったから、今朝クッキーを焼いたの。結構美味しく焼けたから・・・。」
「ほう、それはそれは・・・。丸子ちゃんも喜ぶだろう。」
おじさん警察官がそう言うと、陽子お姉ちゃんは家の中へと走って行った。
で、1分もしないうちに戻ってくる。
「はい、これは丸子ちゃんちに。そして、これはおふたりに・・・。」
お姉ちゃんは、クッキーが入ったビニール袋の他に、バラでティッシュの上に2枚を乗せて持って来た。
「おお、ありがとう。じゃあ、ご馳走になるかな?」
おじさん警察官は、そう言ってその1枚に手を伸ばした。
そして、目で、哲司にも「食べろ」と言って来る。
正直、哲司は満腹だった。
そりゃあ、そうなるだろうとは思う。
あれだけの握り飯を食べた後である。
それでも、これを食べないわけに行かないだろう。
ピョコンと頭を下げて、残りの1枚を手に取って口へと運ぶ。
「う、うわぁ・・・、美味しい!」
哲司は、満腹にも拘らず、口の中に広がる甘さを実感する。
どこか、懐かしい味にも思える。
「あら、そう!」
お姉ちゃんが嬉しそうな声をあげる。
「おお、本当だ。美味いよ。上手に出来てる。」
おじさん警察官が同調する。
「あ、ありがとう・・・。うふっ!」
お姉ちゃんは、何とも言えないほどに嬉しそうな顔をする。
「じゃあ、哲司君、これも一緒に持っててくれ。」
哲司を荷台に抱き上げたおじさん警察官が言って来る。
哲司は、家から持って来た握り飯が乗った小皿の上に、今お姉ちゃんから受け取ったクッキーが入ったビニール袋を乗せる。
「じゃあ、陽子ちゃん、またね。」
「はい、お気をつけて・・・。」
自転車がまた走り始める。
「哲司君、あの小屋にいる牛を見たか?」
自転車を漕ぎながら、おじさん警察官が訊いて来る。
「うう、見てない・・・。鳴き声は聞いたけれど・・・。」
「あのカウっていう牛、ここいらの牛の横綱でな。」
「横綱?」
「ああ・・・、チャンピョンってことだ・・・。」
哲司は、その意味がよく分からなかった。
(つづく)