第2章 奈菜と出会ったコンビニ(その20)
「巽さんとおっしゃるんですよね。巽哲司さん。」
店長は改めて哲司のフルネームを確認する。
「えっ!・・・どうして、それを?」
哲司は嫌な気分である。
先ほど、店長自らが言ったとおり、コンビニを利用するのに氏名や住所を明らかにする必要はまったくない。
確かに何度も行っているから、この近くに住んでいることは想像が出来るだろうけれど、名前などのいわゆる個人情報が知られている筈はない。
「あの子、つまり奈菜本人が、貴方の後をつけて行って、確認してきたようです。」
店長はこともなげにそう言う。
「ええっ!・・・」
哲司は絶句する。
あの釣銭事件があって、少し話せるきっかけが出来た。
可愛い子だなと思っていた。
あんな子が彼女だったらいいのにな、と思ったのも事実である。
そこに「スノボーをするのだったら、一緒に旅行に行こう」と奈菜から誘われたのだ。
そりゃあ、誰だって有頂天になる。
密かに想いを寄せていた女の子から、突然に「好きですよ」と告白されたようなものなのだ。
なぜ?だとか、どうして?だとかは考えもしないものだ。
「一泊旅行に誘われた」という事実だけが、燦然と光り輝くことになる。
そして、その他の事は、もうほとんど見えなくなる。
それが、若い男の恋である。
その熱き恋の相手である奈菜が、店からアパートに戻る哲司をつけたのだと言う。
こうした妊娠の話を聞く前であれば、「そんなに俺のことを」とにんまりする気分にもなるかもしれないが、こと、ここに至っては、それが「父親に仕立てるため」の調査であったことにもなる。
「それは、いつのことですか?」
哲司はそこが気になった。
つまり、あの「一泊旅行に行こう」と誘ったのが、その「仕立てるため」であったのかどうかである。
「本人が言うには、それは、冬休みのバイトを辞めてからのことだそうです。
つまり、バイトを辞めた時点では、貴方のことも、殆ど何も知らなかったそうです。」
店長が奈菜本人から聞いた話として、そのように説明をする。
「そうでしょう?・・・・それなのに、どうして僕をそのお腹の子の父親にしようとしたんですかねぇ。そんなの、すぐにばれることでしょうに。」
哲司は、そのように聞かされても、奈菜がどうしてそれに自分を選んだのかがまったく分らない。
(つづく)