第7章 親と子のボーダーライン(その208)
「だから、“友達と身体を使って遊べ”って言うんだ。」
「・・・・・・?」
「哲司には兄弟がいない。言わばひとりっ子だ。
別に、それがいけないとは言わない。
それぞれ、親の考え方があるからな。
でもな、ひとりっ子には、そうした兄弟たちの中で揉まれるという経験が欠如する。
大人の中だけで大きくなる。
それは、決して子供の将来にとって良いことじゃあない。
少なくとも、爺ちゃんはそう思う。」
「・・・・・・。」
「だからな、ひとりっ子の哲司には、そうして同級生の友達と身体を使って思いっきり遊んで欲しいんだ。
そうすることで、子供には子供同士の社会があるってことを身体で知って欲しいんだな。」
「で、でも・・・。」
「あははは・・・。お母さんが、遊んでばかりじゃ駄目だって言うんだろ?」
「う、うん。」
哲司は、祖父のその一言が嬉しく思える。
「お母さんも、そんなに勉強なんてしなかったのになぁ・・・。」
「そ、そうなの?」
「ああ・・・、小学生の頃はな。」
「ん?」
哲司は、祖父の言葉に、何かが隠されているような気がした。
「哲司のお母さんが勉強をしたというのは、中学に入ってからだった。
ある日突然に“私、美容師になる”って言い出してな。」
「ああ・・・、そうだったんだ・・・。」
哲司は、母親の過去に初めて触れたような気がする。
母親は、結婚するまでは美容師をしていたという話しは聞いていた。
で、結婚後も、哲司が生まれるまでは仕事をしていたらしい。
「高校ぐらいは行ったらどうだと言ったんだが、どうしても手に技術を付けたいと言ってな。
中学を卒業後に、美容師の専門学校に入学したいと言って来た。
ところが、その専門学校も結構競争が激しくってな・・・。
そこからだな。勉強に身が入りだしたのは・・・。」
「そ、それで?」
「ああ、その努力が実って、希望していた専門学校に入れた。
そして、そこを卒業後に、美容室に勤めたんだ。」
「へぇ~、お母さん、頑張ったんだねぇ・・・。」
そうは言うものの、哲司には、母親が勉強机に向かっている姿を想像することは出来なかった。
「お母さんがどうして美容師になろうと思ったか分かるか?」
祖父は、またお茶を一口飲んでから言ってくる。
「ううん、分からない。好きだったから?」
そうとしか答えようが無い哲司だった。
(つづく)