第7章 親と子のボーダーライン(その199)
それでも哲司は、そのちりめんジャコの握り飯も美味そうに食べた。
それも、真正面に座っている祖父の顔を見ながらである。
哲司は、家での食卓を思い出していた。
いつも父親と母親がきちんと一緒だった。
それでも、こうして誰かの顔を、しかも、哲司が食べるのをじっと微笑みながら見てくれる顔を眺めながら食べた記憶はなかった。
ひたすら黙って食べる。
父親や母親から何かを言われたら、その時だけは短く「うん」とか「いいや」とだけ答えていた。
そんな食卓だった。
どうしてなのだろう?
哲司はそう思う。
「哲司、何を考えてる?」
祖父は、哲司の顔を覗き込むようにして訊いてくる。
湯呑を両手で包むようにして持っている。
「べ、別に・・・。」
「そうか・・・。ま、何でも良いけれど・・・。
物を食うときってのは、他の事はあれやこれや考えないことだ。
とりわけ、嫌な事・難しい事を考えちゃあいけない。
楽しいことは良いんだが・・・。」
「ん? どうして?」
「消化に悪い。」
祖父は、そう断言するかのように言う。
「食うときには食うことに一生懸命。仕事をするときには、その作業に一生懸命。
勉強するときにも、その勉強に一生懸命。寝るときにも寝ることに一生懸命。
それが、人間に与えられた本来の生き方なんだ。」
「・・・・・・。」
「今は分からんと思う。
でもな、もう5年も経てば、今爺ちゃんが言った事が本当なんだと分かるようになる。」
「ふ~ん・・・。」
哲司は、聞き流す事にする。
「おい、まだ食べられるのか?」
祖父は、哲司がまた次の握り飯に手を伸ばしたのを見て、心配そうに言う。
「う、うん。でも、僕もこれでシアゲにする。」
哲司は、祖父が使った言葉を意識して使った。
「あははは。なるほど、仕上げな?」
祖父はまたまた楽しそうに笑った。
「でも、まだ残ってる、これって、どうするの? 捨てるの?」
「あははは・・・、そんな罰当たりなことはしない。」
「じゃあ?」
「お客さんが来るからな。」
「お客さん?」
「ああ・・・。土産にしてやるんだ。」
「?」
祖父は、敢えて答えを言わないつもりらしい。
(つづく)