第2章 奈菜と出会ったコンビニ(その18)
「どうしてこんな話を・・・ですか?
そりゃあ、そう思われるのも当然かもしれませんよね。」
店長は、ようやく窓の外に貼り付けていた視線を戻してきた。
そして、まっすぐ哲司の方を見る。
哲司は口に運びかけていた珈琲カップを途中で元へ戻した。
何かしら、構えなければ・・・と思う気配を感じる。
「いえね、謝らなくてはいけないことがあって。」
店長がゆっくりと話し始める。
「謝るって、僕にですか?」
哲司は、何のことなのか、まったく分からない。
「先ほど、少し言いかけたんですが・・・・・。」
店長はそう言って哲司の顔を伺う。
どのように話そうかと考えているようでもある。
「あの子の妊娠が分った時、義兄も当然に相手のことを問い質しました。
親としては当然ですよね。
でも、あの子は頑として相手の男の名前を言わないんです。
名前どころか、どこで知り合った相手なのかも言いません。
つまり、完全に黙秘したんです。」
「義兄は激怒したそうです。
どうして相手の男の名前が言えないのかと。
あの子にも責任はあるだろうけれど、男にはもっと大きな責任がある筈だ。
義兄はそう考えていたようです。
そこで、直前までバイトで来ていた私のほうに、そうした男の心当たりはないのかと訊ねてきました。
でも、あの子がバイトを始めたのは冬休みになってからです。
妊娠の事実が分るといえば、それより以前にそうした付合いがあったことになりますから、私のほうではまったく心当たりは無いと答えました。」
「ところがですね、その話があって数日してから、また義兄が電話をしてきて、てっちゃんと呼ばれる男を知っているかと訊くんです。」
哲司はその「てっちゃん」というキーワードに無理やり自分を重ねられたような気がして顔を上げた。
店長は、哲司の顔をじっと見据えて話している。
「ま、まさか、それが僕だってことじゃないですよね。」
哲司は明らかに動揺した。
この件に関してはまったく無関係なのだからと、こうした話を聞かされること自体に疑問があったのだが、奈菜の父親からその言葉が出たとすれば、これは容易ならざることである。
その哲司の狼狽振りに逆に驚いたようにして、店長は首を小さく縦に振った。
「私もその名前を聞いて、誰の顔も浮かびませんでしたよ。
そうでしょう?
私の店、通称コンビニと呼ばれる店では、お客様のお名前をお聞きするような事は滅多にありませんから、あなたの名前もそれまでは知らなかったんですからね。
ですから、そんな名前の人は知らない、と答えたんです。」
哲司は、なるほど・・・と思った。
コンビニで買い物をするのに、いちいち名前を言う必要などはない。
お金さえ払えば、黙って商品を持ってかれるのだから。
(つづく)