第1章 携帯で見つけたバイト(その6)
「これからバイトが始まるってのに、そこの責任者に刃向かってどうすんだよ。
外しゃあいいんだ。別に取り上げるって言ってるんじゃねぇしよ。
それを、シカトなんかしやがって。
ホント、お前、馬鹿だぜ。」
音楽に合わせてピョンピョン飛び上がる動作をしながら、目の前の光景を横目で見るようにする。
「まぁ、こいつがどのように思われようと、俺にゃあ関係ないけど。」
哲司は、冷たい視線を前の男に送っている。
現場責任者が哲司の傍に来た。
「俺はネックレスもしてねぇし、文句はあるまい?」
そうは思うのだが、先ほどから気になっていた頭のてっぺんからつま先までを舐めるようにしてジロジロ眺められるのは嫌だった。
なんだか、鳥肌が立つ。
哲司はできるだけ目を合わさないように意識をする。
先ほどまではキョロキョロしながらしていた体操だが、この現場責任者に寄られてからはまっすぐ前を向いて「まじめそうに」やっている。
いや、そのつもりだった。
「君は、巽哲司君だよな。」
責任者が名簿らしき紙切れを見ながら言う。
「おいおい、どうして俺だけはフルネームで呼ぶんだ?
苗字だけでいいだろうによ。」
ビルの出入り口の近くにまで追いやられて、おまけにそこでこうしてラジオ体操までさせられている。
カッコ悪いと言ったらありゃしない。
通りかかる女の子達の視線が気になって仕方がない。
「それなのによ。そのうえに、俺の名前を大きな声で言いやがって。どういうつもりだ?
俺に恥をかかせようって言うの?」
哲司は一瞬だが、その現場責任者の顔を睨むように見た。
「ここで舐められてたまるか!」という気持だ。
「明日からも来てくれるんだよな。よろしく頼むぜ。」
現場責任者は、そう言って片手をヒョイと挙げてまた先頭のところへと戻っていった。
哲司は何を言われたのか、理解するのに多少の時間を要した。
丁度そこでラジオ体操が最後の「深呼吸」へと移る。
今までの体操で多少は弾んでいた息を落ち着かせる役目を果たす動作だ。
哲司も「これで終わり」と思うから、その動作をしながらも「ほっとする」瞬間を迎えた。
「明日からも・・・って。
と言うことはだ、あの現場責任者とは、明日も一緒かい!」
ようやく落ち着いてきた頭で整理する。
だが、そのことを喜ぶべきなのか、悲しむべきなのかの判断はつかない。
「どっちにしたって、今日のバイトをやってみてからのことだ。」
哲司は複雑な思いの中で、そう呟いた。
(つづく)