第7章 親と子のボーダーライン(その196)
「もちろん、見せない。」
祖父は、それが当然だと言うような顔をする。
「そ、そんなぁ~・・・。」
哲司はガックリする。
こうした会話は家でもよくあった。
「今度のテストで60点以上が取れたら、ゲームソフトを買ってあげる。」
母親が言う。つまりは、餌をぶら下げることで、哲司に勉強を頑張らせようとする試みだ。
だが、哲司には、その出された条件をクリアできた記憶はない。
したがって、一度もそうした恩恵に浴したことがなかった。
だから、そうした言い方をされるだけで、「ああ、もう駄目だ」と思うようになった。
つまりは、意欲どころか諦めが先に来るのだ。
「おおっ! だったら、やめとくか?」
「だ、だって・・・、当てなきゃ駄目なんでしょう?」
「哲司は、どうして最初からそう考えるんだ?
何でもそうだが、やってみなきゃ分からんことだろ?」
「そ、それは、そうだけど・・・。」
「じゃあ、食ってみろよ。挑戦もしないで何かを得られると思ったら大きな間違いだぞ。」
「う、うん・・・。」
哲司は、言われたとおりに左端の握り飯を手に取る。
で、まずは、その外形から見つめる。
どうやら、薄いピンク色をした細かいものがご飯の中に握り込まれているようだ。
もちろん、それだけでは何が具材なのかは分からない。
次に、そっと鼻に近づける。
そう匂いを嗅いでみたのだ。
(ん? ど、どこかで嗅いだ匂い・・・。)
哲司はそう思った。
だが、それでも、それが何の匂いなのかが思い出せない。
それだけ、その匂いは微かなものだった。
で、いつもより小さい目にすぼめた口で食べてみる。
恐る恐るというのではないが、具材が分かるまでは、じっくりと味わいたかったからだ。
一気に食べてしまっては、結局は“美味しかった”だけで終わりそうな気もした。
「あははは・・・、慎重になって・・・。」
祖父は、そうした食べ方をする哲司を面白そうに眺めている。
「ん? こ、これって・・・。」
「分かったのか?」
「う~ん・・・、まだだけど・・・。」
哲司は、どこかで食べたことのある味だと思った。
意識して、口の中でゆっくりと噛む。
そして、舌の上にしばらくは置いてみる。
このままゴックンすれば、その味が思い出せそうになかった。
(つづく)