第7章 親と子のボーダーライン(その193)
「だから、哲司にも、身体を使って遊べと言ってるんだ。
身体を動かせば、その分エネルギーを使う。
そうすると、身体の栄養素が足らなくなってくる。
つまりは、それが“腹が減った”と言うことになるんだな。
で、飯を食う。
すると、これが旨いんだ。」
「う、うん・・・。」
こうして順を追って話されると、いくら単細胞の哲司でも素直に飲み込める。
「さっき、哲司は、ここに来ると握り飯が旨いと思うって言ったろ?」
「う、うん・・・。」
「それは、ここの飯が旨いのではなくって、哲司の身体が欲しがっているからなんだ。
人間、好きなことには時間を忘れて没頭できるだろ?」
「ボットウって?」
「つまりはそのことに一生懸命になれるってことだ。」
「う、うん。」
「それと一緒なんだ。
自分の身体が欲しがるのであれば、例え、いつもは見向きもしない食べ物でも、口にすればそれを旨いと感じる。
そして、旨いと感じることで、その食べ物の命が哲司の命に変わっていくんだな。」
「お、おにぎりにも命ってあるの?」
哲司には、もうひとつピンと来なかった。
確かに、朝食べたヤマメなんかに命があって・・・というのは感覚的にも理解できる。
そのまま水に戻してやれば、再び泳ぎ出すのではないかと思えたほどにだ。
だが、コンビニに行けばひとつひとつをラッピングされて売られているおにぎりに、そうしたヤマメと同じ感じは抱けない。
「そりゃあ、あるさ・・・。
米だってそうだ。勝手にそこいらに生えてくるもんじゃない。
苗から育てて、田植えをして、水を張って、雑草を取り除いてやって、倒れたら起こしてやって、そうして秋になって実ったら稲刈りをしてやって・・・と、半年以上の手間隙をかけて育ててるんだ。
そこには、水も必要だし、太陽の光も必要だし、何より、それを育てているお百姓さんの情熱が必要なんだ。
そうしたものがすべて揃ってるからこそ、食ったら旨い米が出来る。」
「う~ん、な、なるほど・・・。」
「それに、哲司が今食ってるのはオカカだろ?」
「うん。これも、美味しいよ。」
「そのオカカだってそうだ。」
「ん?」
「オカカって何だ?」
「かつお節・・・。」
「だろ? じゃあ、その鰹節ってどんなものだ?」
「う~ん・・・。」
哲司は、かつお節と言えば、スーパーで売っている袋に入ったものしかイメージは無かった。
だから、どんなものかと言われても、どう答えたら良いのか分からない。
「それは、もともと魚だ。鰹という相当に大きな魚なんだ。」
「ええっ! 魚なの?」
哲司には信じられなかった。
(つづく)