第7章 親と子のボーダーライン(その191)
「あはは・・・。何を言ってるんだ・・・。その食い方は、まさに胃や腸が欲しがってる食い方だ。
だから言っただろ? 食いたいだけ食えって・・・。」
祖父は豪快に笑って言った。
「で、でも・・・、いつもよりずいぶんと食べてるよ?
そ、それに・・・。」
「それに?」
「おやつ、じゃあなかった、およつにトマトも食べたし・・・。」
「うふふっ! 哲司は、案外と、心配性なんだな?」
祖父は、哲司が「およつ」という言葉をしっかりと覚えていたことを嬉しく思ったようだった。
にっこりと笑う。
「なあ、哲司、じゃあ、今食ってる握り飯で終われるか?
ご馳走様でしたって言えるのか?」
「う~ん・・・、まだ、食べたいけど・・・。」
「だろ? それは、哲司の腹が欲しがってるからだ。」
「で、でも・・・。じゃあ、ど、どうして、お爺ちゃんにそうだと分かるの?
ぼ、僕のお腹だよ?」
「あははは・・・。」
祖父は、哲司の反論を聞いて、楽しそうに笑った。
「良いか、哲司。昔から、“腹が減っては戦は出来ぬ”という言葉がある。」
「そ、それは、知ってるよ。」
「そうか・・・。だったら簡単なことじゃないか?」
「ん?」
「哲司がそれだけ食べられるのは、それなりの戦、つまりは仕事をしたからだ。
そして、昼からもそれを続けてやろうと思っているからだ。
だから、哲司の腹が、それに耐えられるだけの飯を寄こせって言ってるんだ。」
「・・・・・・。」
「仕事も何もしないで、ただ、欲しいから食う、旨そうだから食う、口が淋しいから食うというのとは訳が違うんだ。」
「そ、そうか・・・。」
哲司は、朝からしたいろいろな作業を思い出していた。
井戸から水を汲み上げ、ポリバケツでタライへと運んだ。
それを5回繰り返した。
そして、祖父の真似をするようにして竹を洗った。
滅多にしない姿勢だったから、多少は足が疲れたような気がした。
竹を洗い終わったあとは、その水を朝顔の根元に撒きに行った。
それも5回ぐらい繰り返した。
小学校3年生の哲司にとっては、相当な重労働だったが、やっている間は、決して嫌なことをさせられているという意識はまったく持たなかった。
「だから、食いたいだけ食えば良いんだ。身体が欲しがってるんだからな。
その代わり、午後からもしっかりと仕事をしてもらうからな。」
祖父は、そう言ったかと思うと、自分もまた新たな握り飯に手を伸ばした。
(つづく)