第7章 親と子のボーダーライン(その189)
「それは、別に、爺ちゃんが作る料理が旨い訳じゃあないんだ。」
祖父も次の握り飯を手に取って言う。
「ん? そんなことは無いよ。だって、美味しいから食べられるんでしょう?」
哲司は自分の感覚で物を言う。
「いや、さっきも言ったとおり、哲司の身体がそれを欲しがるから美味しいと感じるだけなんだ。」
「身体が欲しがる? つまりは、お腹が空いてるってことでしょう?」
「まあ、それもある。身体が欲しがるから、腹が減ったと感じるんだな。
だから、食欲も出る。
それにな・・・。」
「・・・・・・。」
哲司は、筍の握り飯を口に入れてしまいながら、祖父の言葉を待っている。
「欲しいと感じるのは、身体だけじゃない。その一部だけが欲しがる場合がある。」
「ん?」
哲司は、祖父の話が分からない。
身体の一部だけが欲しがるという意味が理解できない。
「欲しがるのは、まずは舌だな。」
「下?」
「べろだ。」
「ああ・・・、これ?」
哲司が自分の舌を出して指差す。
それには、何となく実感が伴う。
「次に目だ。」
「目?」
「そして、口だ。」
「口・・・。」
哲司は、それは当たり前のような気がする。
「だがな、長い人間の歴史において、舌や目や口が食べ物を欲しがるようになったのはつい最近のことだ。
そうだな、日本で言えば、戦後20年ぐらい経ってからだろうな。」
「ど、どういうこと?」
哲司は、筍の握り飯を喉の奥に落とし込んでから、次の握り飯を物色しながら訊く。
どうにも、祖父の説明が分かりにくいからだ。
「食べ物は、本当は身体が欲しがって与えるものだ。
それなのにだ、最近では、それだけじゃなくって、目や舌や口までもが食べ物を欲しがるようになって、で、人間はそれをも食べるようになってしまったんだな。」
「そ、それって・・・、いけないことなの?」
哲司は4個目の握り飯を手にして言う。
「だから言ったろ? 身体が欲しがるものは食べれば良いんだ。
ただしだ、目や舌や口が欲しがるものは、それはそれこそ余分な食い物なんだ。
目が握り飯を食うか? 消化するか? そんなことしないだろ?」
「う・・・、うん。」
哲司は、手にした握り飯を目の所へと持って行って答える。
そうだな、目では食べられない。そう思う。
「で、でも・・・、口や舌は、ご飯を食べられるよ。」
哲司は、祖父から1本を取りたくって、そう言う。
ツッコミを入れたつもりだった。
(つづく)