第7章 親と子のボーダーライン(その186)
「じゃ、じゃあ・・・、教えてくれる?」
哲司は、やってみる気になった。
いや、ならされた。
祖父がそう言う以上、ここではそれは逃れられないことと思うからだ。
「ああ・・・、それは一からちゃんと教える。
それで、例えどんな握り飯が出来ようとも、爺ちゃんもそれを一緒になって食うからな。」
「う、うん・・・。」
哲司は、武者震いのような、ぞくぞくするようなものが背筋を走るのを感じた。
自分が作ったものを祖父が食べるなんて、そうした場面がある筈はないと考えていたからだろう。
「よ~し、これで決まったな。明日からの楽しみがひとつ増えたってもんだ。」
祖父は、そう言って大きな声で笑った。
「わぁ、これも美味しい。これ、何味?」
哲司は、そうした話をしながらも、既にふたつ目の握り飯に取り掛かっていた。
特に意識をしていたわけではないのだが、ひとつ目のあの梅干が入った握り飯をあっという間に食べ終わっていた。
「ん? どれどれ?」
祖父は哲司の食べ差しの握り飯を見せるように言ってくる。
「これ・・・。」
哲司は、自分の歯型が付いた握り飯の断面を祖父に向けて見せる。
「おお・・・、それはな、胡瓜だ。」
「キュウリ? うっそー!」
哲司は信じられない。
それこそ、コンビニでいろんなおにぎりを見ているが、キュウリが入ったものなんて見たことがなかった。
もちろん、食べたこともない。
「嘘じゃあない。さっき、哲司が水をやってくれた畑で獲れた胡瓜だ。」
「ええっ! あの畑で? ほ、本当に?」
「ああ、ただし、去年獲れたものだけどな。」
「えっ! 去年?」
哲司は、食べ差しの握り飯の中をじっと見る。
去年のものって・・・。腐ってる?
そうした感覚しかなかった。
コンビニのおにぎりだって、賞味期限が決まっている。
僅か数日のことだ。
「あははは・・・。哲司、今、そんな古いものをって思っただろう?」
「う、うん・・・。」
「心配せんでも良い。そいつは古漬けにした胡瓜だからな。」
「フルズケって?」
「要するに、漬物だ。」
「えっ! お漬物って、そんなに前のものを使うの?」
「・・・・・・。」
祖父は、またまた楽しそうな顔をした。
(つづく)