第7章 親と子のボーダーライン(その185)
「で、でも・・・。」
哲司は、それでも無性に抵抗したくなる。
「ん?」
祖父は、そうする哲司を真正面に見てくる。
「だ、だって・・・、僕、おにぎりなんて作ったこと無いし・・・。」
「だから、勉強するんだ。」
「べ、勉強?」
哲司には、握り飯を作ることと勉強とがイコールで結べない。
「良いか、哲司。これだけはしっかりと覚えておけよ。
勉強と言うと、どうしても学校の勉強を思いがちだが、とんでもないことだぞ。
確かに、学校での勉強は大切だ。
とりわけ、小学校や中学校での勉強は、一生の基礎になることを習っているんだからな。
でもな、勉強は、それだけじゃあない。
学校での勉強は、いわば知識だ。知識を習ってるんだ。」
「ちしき?」
「そう、大人になるまでに、知っておく必要のあることを教えてもらってるんだ。」
「う~ん・・・。」
哲司には、そうだと肯定できるものはなかった。
「それ以外にも勉強しなければいけないことがある。
つまりは、学校じゃ教えてくれない勉強だ。」
「学校で習わない勉強?」
「ああ・・・、そうだ。家で習う勉強だな。」
「い、家で?」
哲司には、そんなものがあるとは思えない。
家では、叱られる事ばかりだ。
「じゃあな、哲司はどうして、握り飯を手で持って食べるんだ?
朝、ここでご飯や山女を食ったときには、ちゃんと箸を使ったろ?」
「う~ん・・・。だ、だって・・・。」
「家で、そうしてたからだろ?」
「う、うん・・・、そう・・・。」
「ご飯や山女は箸を使って食べて、握り飯は手で食べるって、誰から習った?」
「ん? 誰から?」
「哲司は覚えて無いんだろうが、そうしたことはお母さんから教えられた筈なんだ。」
「お母さんから?」
「そ、そうだ。それが、親としての教育なんだな。
生きていくための最低限の知恵を教えてるんだ。」
「・・・・・・。」
哲司は、両親がそんなに偉いものだとは思っていない。
ましてや、そうして、何かを親から教えてもらったという意識も無い。
「昔は、哲司ぐらいの歳になれば、皆、自分で自分の握り飯を作って、田んぼや畑に手伝いに行ったもんだ。
それを、今の子は、握り飯と言えばコンビニに売ってるなどと言う。
それじゃあ駄目だ。
だから、哲司に、握り飯の作り方を知っておいて欲しいと思っとる。」
祖父は、何が何でも哲司に握り飯を作らせるつもりのようだ。
(つづく)