第7章 親と子のボーダーライン(その184)
「それでだ・・・。」
祖父も1個の握り飯を手に持って、哲司と同じようにしてそれにかぶりつく。
「ん? ・・・な、何?」
哲司は口に頬張った握り飯のために、なかなか言葉が出てこない。
「明日からな、この昼の握り飯は、哲司の担当だ。」
「えっ! ・・・・・・・。」
「そんなに驚くことじゃない。
昔から、“働かざるもの、食うべからず”と言ってな、何もしないで飯だけを食うことは許されんかった。」
「ぼ、僕、今日、水撒きもしたし・・・。」
「あははは・・・。あれは、哲司のためにだ。哲司の宿題の工作で竹笛を作るための作業だ。
別に、爺ちゃんが頼んだものじゃあない。」
「だ、だって・・・。撒けって・・・。」
哲司は、自分は自分なりに役割を果たしていると思いたかった。
だからこそ、頑張れたような気もする。
「あれは、水を、山の神様から頂いた貴重な水を無駄にしたくなかっただけだ。
同じ地面に返すにしてもだ、ああして花や野菜の畑に撒いてやれば、その水の命がまたその植物の中に取り込まれて生き続けていく。」
「そ、そんなぁ・・・。」
「だからな、あの仕事は哲司自身のため。そして、この握り飯を作るのは、哲司と爺ちゃんのため。そう言うことだ。」
「・・・・・・。」
哲司は、もうひとつ祖父が言う理屈が分からない。
「哲司は、“働く”と言う字を知ってるか?」
「ハタラク? う~ん、まだ習ってない。」
「そっか・・・。働くというのは、“人が動く”と書くんだ。」
「人が動く?」
「ああ、そうだ。身体を使うってことだ。
で、人間はまずは自分のために動く。つまりは、自分のために働く。」
「自分のために?」
「哲司が今している、食べるという動きもそうだな。
赤ん坊の時にはそれも出来ないから母親に食べさせてもらうんだが、哲司ぐらいになると、自分で食べられるから、そうして自分の手と口を使って食べてるんだな。」
「う、うん・・・。」
「勉強だってそうだ。あれは、他人のためにするんじゃあない。そうだろ?」
「う、うん・・・。」
哲司は、自分が最も苦手としている分野に話が及んできたと思うからか、どうしても口が重くなる。
「でもな、いずれは、その勉強だって、人のためにするようになる。」
「ん? 人のためにする勉強?」
「そ、そうだ・・・。
以前、婆ちゃんが哲司のためにと、生まれて初めてハンバーグなるものを作った。」
「ああ・・・、そうだったねぇ・・・。でも、とっても美味しかったよ。」
「だ、だろ? あれだって、婆ちゃんは、哲司のためにハンバーグの作り方を勉強したんだ。本を買ってきてまでな。」
哲司は、祖母の優しげな顔を思い出した。
(つづく)