第7章 親と子のボーダーライン(その181)
哲司は、「好きなもの」と言われたら、即座にハンバーグ、カレーライス、チャーハン、揚げシュウマイが思い浮かぶのだが、不思議な事に、この祖父の家では、そうしたものが一切頭に描かれなかった。
「な、何?」
哲司は、祖父に再度訊く。自分にも問うているような気がする。
「握り飯だ。」
「わっ! 爺ちゃんの握り飯って・・・。」
「お、おい、今から涎を出してどうする。」
祖父は、哲司が涎を舐めたのに気がついたようだった。
楽しそうに言ってくる。
「だ、だって・・・。」
「哲司は、これだと、いくらでも食べたからなぁ。」
「う、うん・・・。だって、どんどん入っちゃうんだよ。」
「以前、お母さんがびっくりしとった・・・。家じゃ、こんなには食べないのにと。」
「そ、そうだね・・・。」
「家じゃあ、そんなに少食なのか?」
「ショウショクって?」
「つまりは、食べる量が少ないってことだ。」
「う~ん、でも、お茶碗に2杯は食べるよ。」
「それって、子供用の茶碗だろ?」
「う、うん、そうだけど・・・。」
「この握り飯1個で、丁度茶碗1杯ぐらいだろうな。」
「ええっ! そ、そうなの?」
「で、哲司は、この握り飯を5個ぐらい食べるだろ?」
「う、うん・・・、そうだね。だって、美味しいんだもの。」
「て、ことはだ、茶碗5杯のご飯を食ってるってことになるな。」
「そ、そんなに? ほ、本当かなぁ?」
「じゃあな、その食器棚の上の段を開けてみな。」
「・・・・・・。」
哲司は、答えられなかった。
気がつけば、まだその両手には竹がしっかりと握られていたからだ。
「爺ちゃん、先に、これ並べてくる。」
「ああ、そうだな。そうしろ。新聞紙は、お仏壇の下のところに積んであるから、それを使え。」
「う、うん・・・、分かった。」
哲司は、その足で一旦は縁側へと行く。
そして、そこに持って来た竹を置いてから、仏壇の前まで新聞紙を取りに行く。
祖父が言っていたとおりに、そこには10日分ぐらいの新聞紙が積み重ねてあった。
哲司は、仏壇に向かって両手をそっと合わせた。
これも、哲司は自分でも不思議だった。
今の家には仏壇も神棚もない。
したがって、家の中では、そうして何かに手を合わせると言う習慣はなかった。
それでも、この祖父の家に来ると、こうして仏壇に手を合わせる。
別に特段の意味を意識したものではない。
ただ、この前を通るときには、どうしてかそうするのが当たり前のような気がしていた。
祖母の写真が置いてあったことも影響しているのかもしれない。
それが終わってから、その前にあった新聞紙を手に取って、縁側へと戻る。
(つづく)