第7章 親と子のボーダーライン(その180)
「よ~し・・・、それで最後だな。よく出来たな。」
祖父は、最後の1本になった哲司の作業の進捗を褒める。
「う、うん・・・。」
哲司は、額から滴り落ちる汗を手の甲で拭うようにして、それでも嬉しそうに頷いた。
「それが終わったらな、母屋の縁側に新聞紙をおいて、その上に並べるんだ。」
「ん? そうして乾かすの?」
「ああ、そうだ。あそこだと、風が良く通るからな。」
「う、うん、分かったよ。」
「それにしても・・・。」
「ん? 何?」
「い、いや、何でもない・・・。」
「・・・・・・。」
哲司は、祖父が何かを言いたかったに違いないと思った。
それでも、それが何なのかを、それ以上は問えない。
今の祖父と同じような言い方を大人はよくする。
父親も母親もそうだし、学校の先生もそうだ。
その時、それを問い返すと、必ずと言って良いほどに「何かしらの苦言」が返って来た。
だから、「いや、何でもない」と言われると、それ以上は追わない癖が身に付いた。
深追いは、碌なことにならないと知っていたからだ。
「じゃあ、そろそろ昼ごはんの準備をするかな?」
祖父は、作業が一段落したのを見届けたからか、立ち上がってそう言った。
「ええっ! もう、そんな時間なの?」
「あははは・・・。物事に集中していると、時間が経つのも分からんもんだろ?
だから言ってるんだ。
時間を忘れるほどに友達と遊べよってな。」
祖父は、そう言ってから母屋へ向かおうとする。
「爺ちゃん、この水、さっきと同じように、朝顔のところに撒けば良いの?」
哲司は、その後の自分の行動を考えて訊く。
きっと、「ああ、そうしておいてくれ」と言われるであろうことを念頭においていた。
「そうだなぁ~。今度はな、あの畑に撒いておいてくれ。
家用に植えたきゅうりのところだ。」
「ああ、あそこだね。分かった。そうする。」
「じゃあ、頼んだぞ。」
祖父はそう言って台所へと入って行った。
哲司は、8本の竹を両手に分けて持ってから、その後ろを追う。
縁側にそれを並べて乾かすためだ。
「お爺ちゃん、お昼ご飯って何?」
まな板の上で何かを切っている祖父の背中に訊く。
「哲司が好きなものだ。」
祖父は、楽しそうにそう言った。
(つづく)