第7章 親と子のボーダーライン(その179)
「“およつ”が午前10時で、“おやつ”が午後の2時だ。」
祖父は整理したつもりのようだ。
「?」
だが、それが哲司に伝わらない。
「良いか? 手を動かしながら、耳だけで聞け。」
「う、うん・・・。」
哲司はまた手を動かし始める。
「ま、季節に寄るんだが、朝、明るくなるのは6時ぐらいだとしよう。」
「う、うん・・・。」
「と、言うことはだ、お百姓さんはその6時までに朝食を食べ終わるんだな。
で、明るくなり始めたら。田んぼや畑に出かけていく。」
「う、うん・・・。」
「で、10時ぐらいになると、つまりは朝飯を食ってから4時間も経つと、お腹が減ってくるな?」
「う、うん、そうだね。」
「そこでな、山で獲れる果物か、畑で獲れる野菜をちょっとだけ食ったんだな。
それが“およつ”だ。
夏場だと、それにちょっと塩を加えた。
汗をかいて、身体が塩分を欲しがるからな。
だから、今でも、スイカや胡瓜などには、塩をつけて食うだろ?」
「な、なるほど・・・。そうなのか・・・。」
祖父の話は、ちゃんと理屈が通ってくる。
「で、さっきも言ったように、昼飯も食わないで仕事を続けて、今度は午後2時ぐらいだ。
つまりは、“およつ”からまた4時間が経った頃だな。
そこで、また何かを食べたんだ。
今度は、相当に疲労が溜まっているから、甘いものが必要となる。
だからと言って、昔は砂糖なんてなかったから、栗とか芋とか、やや甘味のあるものを食ったんだ。
それが“おやつ”だ。」
「な、なるほど・・・、それで、“およつ”と“おやつ”なんだ・・・。」
「そうだ、そのとおりだ。
だから、今は知らんが、昔の幼稚園では、午前の10時にも子供たちにお菓子を与えていたんだ。
食事だけでは足らない部分を、そうして感触にお菓子を与えることで補ったんだな。」
「そうそう、僕も、幼稚園では、10時のおやつってのがあったよ。」
哲司は、その理屈が分かって、ちょっと自慢をしたくなる。
「そうか、哲司の幼稚園でも10時のおやつがあったのか・・・。」
祖父は、初めて聞いたらしく、何やら感心するような顔をした。
「だからな、“おやつ”も、人間が外に出て懸命に働くためのひとつの知恵として編み出された習慣だったんだ。
どうだ? これで、よく分かったか?」
「う、うん。」
哲司は、手を動かしながら、大きく頷いた。
(つづく)