第7章 親と子のボーダーライン(その175)
「ど、どうして?」
哲司は、どうしてそうなったのかが理解できなかった。
「そうだなぁ・・・。爺ちゃんも、その当時はまだ若かったんだなぁ。
若いとな、どうしても見栄えだけが気になるもんだ。
だから、竹笛も、本に載っているような綺麗な形、如何にも竹笛でございという外観に拘ったんだな。
だから、その形ばっかりに意識が行ってた。」
「・・・・・・。」
「だけどなぁ、笛は鳴らなければ、何の役にも立たない。
それこそ、タダの竹筒だ。
向こうが見えると言っても、遠眼鏡にもなりゃあしない。
でもな、そのたまたまなんだろうけれど、ピーと鳴った笛は、切るときに長さを間違った奴でな。
本当は、ゴミとして捨てることになってたんだ。
ただな、吹き口、つまりこうして口を当てて音を出す部分なんだが、そこの作り方の練習をするつもりでその竹を使ったんだ。
それなのにだ、念のためにと口を当てて吹いてみたら、そいつが鳴ったんだ・・・。」
「す、凄いね。」
哲司は、そうとしか言いようがなかった。
それがたまたまの偶然なのかどうかは分からないが、少なくとも捨てようとした竹が鳴ったということに驚きを感じた。
「そ、そうだなぁ・・・。爺ちゃんもな、まさか、そいつが鳴るとは思ってなかったんだ。
ただな、今までにやって来た切込みの入れ方を、本のそれではなくって、買ってきたプラスチックの吹き口の形を真似してみたんだ。
現に、鳴っている吹き口だったからな。」
「じゃあ、そのプラスチックの笛が役に立ったってこと?」
「そ、そうなるな。
それこそ単純な吹き口なんだ。
プラスチックで、大量生産するから、形よりも、まずはちゃんと音が出ること、そして、音階が正確に出るように作られていたんだな。
そいつを毎日のように吹いていたことが役に立ったんだろうな。」
「嬉しかった?」
「そ、そうだなあ・・・。きっとな、嬉しかったんだろうと思う。だから、40年も作り続けてこられたんだと・・・。
その時、そいつが鳴ってなかったら、今頃は、爺ちゃん、竹笛なんか作ってなかったかも知れないしな・・・。」
「ふ~ん、そうなんだ・・・。」
「人間、何でも、そうして幾つも失敗を繰り返して生きていくものなんだ。
失敗をしない人間なんていやしない。
だから、哲司も、失敗を怖がっちゃあいけない。
上手く出来そうに無いからと、最初から何も努力をしなければ、それは失敗をしない代わりに成功も絶対にない。
な、そうだろ?」
祖父は、今自分が話していることが、どの程度小学三年生の哲司に伝わっているのかを確かめるような顔をする。
「う、うん・・・。そうだね。」
哲司は、上手くは言えないが、祖父の言っていることが何となく分かったような気になっている。
(つづく)