第7章 親と子のボーダーライン(その174)
「哲司、良いか? 何でも、理想を持つことは大切だ。
やることに目的意識が付くからな。
ただな、そう簡単に理想には到達しない。」
「ん?」
哲司には、少し分かり辛い話題だ。
「良い笛が作りたい。それが哲司の希望だよな。」
「う、うん。」
「それでも、自分だけでは作れない。そうだよな。」
「う、うん。だから、お爺ちゃんに教えてもらうんだし・・・。」
「爺ちゃんが作った笛が良い音がするのは当たり前だな。
もう、40年も作ってきたんだしな。」
「そ、そんなに?」
「ああ、哲司が生まれるずっと前からだ。
だから、その爺ちゃんに勝てるはずは無いな。」
「う、うん・・・。」
「山に登るのと同じだ。
最初から、いきなり富士山に登ろうなんて無茶だろ?
あそこに見える山だって、まだ天辺までは行ったことが無いのに・・・。」
「・・・・・・。」
「富士山に登るためには、やっぱりそれなりの練習が必要だ。
体力も要るし、足腰の強さも必要になってくる。」
「う、うん・・・。」
「そうした基礎的な練習をしたら、今度は実際に山に登ってみる。
それでも、最初はやっぱりあの山ぐらいからだ。
そうして、何度もあの山に登ってみると、その登り方を身体が覚えてくる。
そうなってから、もう少し高い山に登るれるんだ。
分かるか?」
「う、うん。よく分かるよ。」
「そっか・・・。で、そうして次第に高い山に登れるようになってから、ようやく富士山に登る資格が出来るんだ。
それと同じで、たかが竹笛と思ったら駄目だぞ。
それこそ、音を鳴らせる笛を作るのにも、何十本も失敗をするんだ。」
「えっ! そ、そんなに?」
「ああ・・・、爺ちゃんは、誰にも教わらなかったしな。」
「じゃあ、どうして作り方を覚えたの?」
「本を見た。そして、そこに書かれたとおりに作ってみた。」
「上手に出来た?」
「とんでもない。形は笛らしくは作れるが、一向に音が出ない。
そう、いくら吹いても、ピーとも鳴らない。
そんなのが、何十本もあった。」
「・・・・・・。」
「でもな、何度もそうして作っているうちに、音って、どうしたら鳴るのかってことも勉強したくなった。
で、プラスチックで出来た笛を買ってきて、毎日のように吹いていた。
そうしたらな、ある日、突然に、作った竹笛がビーって鳴ったんだ。」
祖父は、当時のことを思い出すのか、嬉しそうに笑った。
(つづく)