第7章 親と子のボーダーライン(その172)
「ボタン鍋?」
哲司は、祖父が言った牡丹鍋を知らなかった。
まさか、服についているボタンが入っているとは思いはしないが、「ボタン」と聞けばそれしか思い浮かばない。
「あはっ! そ、そうだなぁ・・・。牡丹という花の名前が付いた鍋だ。」
祖父は、哲司の頭の中を読んだみたいに言う。
「花の名前?」
「ああ、牡丹という花があってな。その猪の肉をその牡丹の花のように盛り付けたことから、その名前が付いたんだ。」
「へぇ~・・・。」
「哲司は、牡丹の花を知ってるか?」
「う~ん・・・、分からない。」
「そ、そっか・・・。」
祖父は、そう言って笑った。
だったら、先ほどの説明も、殆ど役に立っていないということになる。
「そうだなぁ・・・。哲司と一緒に牡丹鍋が食えたら良いのになぁ・・・。
今じゃあ、この田舎でも、そうそう口には入らない。」
「でも、イノシシはいるんでしょう?」
「いるのはいるんだが・・・。」
「だったら捕まえて・・・。」
「今は、どこの家も爺ちゃん婆ちゃんだけだしなあ・・・。獲って、肉にしようにも、ふたりじゃとても食い切れん。
だから、捕まえても、皆、売ってしまうんだな。現金収入にもなるしな・・・。」
「じゃあ、お爺ちゃんも、最近は食べてないの?」
「ああ、そうなるな。爺ちゃんが食ったのは、もう7年ぐらい前だ。」
「えっ! そ、そんな前?」
「そ、そうだ・・・。」
「じゃあ、もう食べられないの?」
「哲司も、食ってみたいか?」
「う、うん。だって、美味しいんでしょう?」
「ああ、それは保証する。子供にゃあ、少しばかりしつこいかも知れんが・・・。」
「・・・・・・。」
「そうだな。今度、哲司の家に行ったら、是非一緒に食べに行こう。」
「ん? 僕の家に来て?」
哲司は、不思議なことを言われたように思った。
都会にイノシシなどいない。
「今はな、養殖した猪の肉を使った専門店があるそうだ。
そこへ連れて行ってやるよ。」
「よ、養殖?」
「つまりは、豚と同じで、人間が食べるために育てた猪だ。
まあ、豚との交配種らしいが・・・。
哲司は、イノブタって聞いたことは無いか?」
「イノブタ?」
「猪と豚の子供だ。」
「・・・・・・。」
哲司の頭には、イノシシの顔をしたブタが描かれていた。
(つづく)