第7章 親と子のボーダーライン(その170)
「その昔、農家の人、つまりお百姓さんは、朝と晩の二食しかご飯を食べなかったんだ。」
祖父は、タライの横にしゃがみこむようにしながら話してくる。
そして、先ほど哲司が洗っていた竹のひとつひとつを手にとって見る。
「じゃあ、お昼は?」
哲司が訊く。当然の質問である。
「食べる習慣がなかったんだ。」
「だったら、お腹空かない?」
「空くだろうな。何しろ、朝もまだ暗いうちに朝飯を食べているんだからなぁ・・・。」
「そ、そんなに早く? どうして、明るくなってから食べなかったの?」
「おう、良い質問だぞ。」
祖父は、そう言って哲司を褒めた。
「よ~し、よく洗えているな。これで良い。」
祖父は、今、手に取って確認をした竹をタライの中からまとめて引き上げる。
「そしたらな、哲司、その水、そのバケツに汲めるだけで良いから、あの垣根のところにある朝顔の根元に撒いてくれ。」
「ああ、あの朝顔のところ? う、うん・・・分かった。」
哲司は、言われたとおりにポリバケツでタライの水を汲み出す。
本当は、さっきの話の続きが聞きたかったのだが、そうも行かない。
哲司の竹笛のために、祖父がいろいろと準備してくれているのだという意識もあった。
「お爺ちゃん、もうこれ以上は掬えないよ。」
5回ほど撒きに行ってから、哲司がそう言う。
祖父は、タライの傍で竹を1本1本吟味しているようだった。
「そうか、ご苦労さん。哲司のお陰で、あの朝顔も、また明日の朝、綺麗な花を咲かせてくれるじゃろうて・・・。」
祖父のその言葉に、哲司はもう一度朝顔の方へと視線を向けた。
いくつもの蕾が付いているのがその場からでもよく見える。
「じゃあ、もう一度、このタライに水を入れてくれ。今度は、さっきの半分ぐらいで良いから。」
祖父がまた指示をしてくる。
哲司は、小さく頷いて、ポリバケツを持って井戸のところへと走った。
別に、急げと言われたものではないが、どうしてかさっさとやってしまいたかった。
量も、先ほどの半分で良いと言っているのだから、3回も運べば終えられるだろうとの思いもあった。
これさえ済めば、また、祖父の話の続きが聞けると思ったからかもしれない。
「これぐらいで良い?」
哲司は祖父の判断を仰いだ。
その横で、祖父は竹を糸鋸で切っていた。
「ああ・・・。それだけあれば十分だ。」
祖父は、チラッとタライの中を見てそう言った。
「つ、次、僕は、何をしたら良いの?」
哲司の言葉が弾むように聞こえる。
(つづく)