第7章 親と子のボーダーライン(その169)
「頭って、頭脳のこと?」
哲司が確認のために訊く。
「う~ん、頭脳って言うより、知恵だな。」
「チエ?」
哲司の頭には「チエ袋」という言葉が思い浮かんだ。
「人間は、いろんな経験をするな?」
「う、うん。」
「辛いこともあるし、苦しいこともあるし、痛いこともある。
その反面で、楽しいこと、嬉しいこともあるな?」
「う、うん、そうだね。」
哲司は、祖父とのこうした会話が嫌ではない。
「そうしたひとつひとつのことを、人間は知恵として蓄えてきた。
つまりは、経験から得た知恵だ。
そして、人間が恐竜やマンモスと違ったのは、言葉と文字を知っていたことだ。」
「言葉と文字?」
「そうだ。だから、ひとりが経験して得た知識や知恵を他の人間に伝えることが出来たんだ。
そうして、生まれたのが文明って奴だ。
それがあったから、マンモスが滅んでも、人間は生き残った。」
「・・・・・・。」
「例えばだなぁ・・・。」
祖父は、哲司が少し難しそうな顔をしたのを見逃さなかった。
だから、具体例でそれを補足しようとする。
「哲司が明日、急に家に帰ることになったとしよう。」
「そ、そんなの嫌だよ。」
哲司は慌てて否定する。
「いや、だから、仮の話だ。そうなったら、哲司はどうする?」
「ん? ま、まずは、家に電話をする。明日帰るって・・・。」
「そ、そうだよな。でもな、哲司が恐竜だったら?」
「ん? 僕が恐竜?」
「電話で、ガオーって叫ぶんだな?」
「ぎゃははは・・・。」
「笑い事じゃないぞ。母親の恐竜、その電話を受けて、明日哲司が帰ってくるってことが分かるか?」
「そ、それは・・・、分かんないだろうけど・・・。」
「だろ? 我が子の声だってっことは分かるだろうけれど、具体的に明日帰るなんてことは互いに伝えられないし理解できない。
それが、言葉の凄さだ。」
「・・・・・・。」
哲司は、なるほどと納得をする。
「ところで、おやつの話だけどな・・・。」
祖父が一呼吸置いて、そう言ってくる。
そう言えば、10時のおやつの話から始まっていた。
(つづく)