第7章 親と子のボーダーライン(その161)
「よ、よ〜し・・・。」
哲司は、一応は気合を入れる。
先ほど引き上げたつるべからポリバケツに水を入れる。
バケツの2/3辺りまで水が入った。
つまりは、つるべの方が容量が少ないということだ。
で、そのバケツを提げて、井戸から3メートルぐらいの場所にあるタライに移しにいく。
比較的軽いと言っても、やはり水という液体である。
それなりの重さがある。
両手でバケツの取っ手を握った。
片手だと、途中で零れそうに思えたからだ。
「どうだ? やれそうか?」
祖父が哲司の様子を見て言ってくる。
それでも、心配をしているような言い方ではない。
どちらかと言えば、ハッパを掛けているように聞こえる。
「う、うん・・・、何とか・・・。」
哲司は、とても「出来ない」とは言えない。
「昔は、そうして家で使う水のすべてを運んでたんだぞ。
風呂もそうだし、炊事、洗濯、掃除・・・。水が無くては、どれひとつとしてやれるものはない。
な、そうだろ?」
「う、うん・・・。」
「ほら、手が止まってる。次のつるべを引き上げんか。」
「・・・・・・。」
哲司は、黙ってロープを引っ張る。
「そうして力が出るのも、朝、山女をしっかりと食ったからだ。
山女の生きる力が、哲司の身体に入り込んどる。」
「・・・・・・。」
そう言われてみると、確かに、いつもより力が出ているような気がしないでも無い。
(そっか、あのヤマメの生きる力がなぁ・・・。)
哲司は、口には出さなかったが、そう思った。
新しい運動靴を買ってもらって、それを初めて履いて走ったときの事を思い出す。
同じはずなのに、どうしてか早く走れるような気がしたものだった。
それと同じ感じがする。
つるべを引き上げるのに、次第にリズム感が出てくる。
「おお、大分溜まったなあ〜。」
祖父がタライの中を覗き込むようにして言う。
あれから7〜8杯の水を運び入れていた。
「ま、まだ半分ぐらいだよ。」
哲司は、自分の感覚としてはそう思っていた。
「一度目は、それぐらいでいいだろう。」
「ん? 一度目?」
「ああ、竹を洗うんだから、一度だけじゃ駄目だ。一度洗って、また水を新たに替えて、もう一度洗うんだ。」
祖父は平然と言い、哲司は唖然として聞いている。
(つづく)