第7章 親と子のボーダーライン(その159)
「・・・・・・。」
哲司は、改めて井戸の中を覗いてみる。
「この水はタダ。」
そう言われたことに対して、どうしてか、違和感を覚えなかった。
空気と同じで、自然の一部と感じていたからかも知れない。
「その井戸の水も、山の神様が人間達に下さったものだ。」
「・・・・・・。」
「その水は元々は雨だ。」
「えっ! あ、雨?」
「そうだ。雨が山に降って、そして地面の中へと沁み込んで行く。
それが長い時間を掛けて、そうして地下水になる。
つまりは、井戸水の元になる。
それをそうして、つるべで汲み上げて頂戴してるんだ。」
「だ、だから、タダなの?」
「そ、そうだな。神様は、お金を差し上げてもお受取にはならない。」
「じゃあ、何だったら?」
「そうだなぁ・・・。神様は、懸命に働く人間がお好きだ。それと、感謝の気持だ。
有難うございますっていう気持の無い人間には、神様は何も与えて下さらない。
爺ちゃんは懸命に働いているから、その井戸の水も、そして哲司が食べた山女も神様が下さった。」
祖父は、石の上に腰を下したままで、淡々と言ってくる。
哲司は、その話をまるで御伽噺のようだとは思うものの、それでも、決して違うとは言えない。
表現はテレビで見た「昔話」と同じ雰囲気だが、そこには動かせない真実があるような気がするからだ。
「昔から、“タダほど怖いものは無い”と言う。その本当の意味は、神様を騙して、働きもせず、感謝の気持も持たないのに、神様からの頂戴物だけを望むことだ。
後で天罰が下るからな。
どんなに隠しても、どんなに見えないようにしていても、神様は必ずご覧になっている。
そのことを忘れないようにすることだ。」
「・・・・・・。」
哲司は、神様や仏様というものを信じてはいないが、かと言って、絶対にそんなものはいないとも断言できない。
要は、どちらとも言えないって状況である。
ただ、こうして祖父の話に時折出てくる神様や仏様なら、この世に居てくれたら良いなあと思う。
「だからな、哲司がしんどい目をしても、その井戸から水を汲み上げることがまずは大切なことなんだ。
そして、その水が使えることをありがたいことだと感謝することがより大事なことなんだ。
その水があるからこそ、竹笛も作れるんだからな。」
祖父は、そう言って目を細めた。
「さあ、分かったら、頑張れ!」
祖父は、そう言って家に中へと戻って行った。
(つづく)