第7章 親と子のボーダーライン(その157)
哲司は祖父の顔をじっと見る。
その口は、下唇を噛むようになっていた。
「昔は、そうだな、哲司のお母さんが子供の頃は、そうしてすべての水をそこから汲み上げていたんだ。
だから、お母さんもそうして日に何度もつるべを使ってた。
家で、そうした話を聞いたことは無かったか?」
「う、うん・・・、別に・・・。」
「そ、そうか・・・。だから、駄目なんだな。」
「ん? 何が、駄目なの?」
哲司は、自分を責められたと思った。
「いやいや、哲司のことじゃあない・・・。お母さんのことだ。」
「ん? どうして、そこでお母さんが出てくるの?」
「便利なことに慣れてしまってるってことだ。」
「便利なこと?」
「ああ・・・、蛇口を捻れば水はいつでも好きなだけ出てくる。
しかもだ、いつでもそのままで飲める。
それを、当然と、当たり前だと思ってる。」
「そう思うって、駄目なことなの?」
哲司は、祖父の指摘する意味が分からない。
自分もそう思っているからでもある。
少なくとも、自分の母親のことを言われているのだ。
あまり好い気はしない。
「便利になったことをありがたいと思う気持が無い。感謝することを忘れとる。」
「・・・・・・。」
「哲司、朝食った山女はどうだった?」
祖父は、いきなり話題を変えてくる。
哲司が難しそうな顔をしたからかもしれない。
「う、うん・・・、とっても美味しかった。」
「スーパーに売ってないのかって聞いてたな?」
「う、うん・・・。でも、売ってないって・・・。」
祖父がそう答えた筈だった。
「どうしてなんだ?」
「な、何が?」
「山女をスーパーで売ってない理由だ。」
「そ、それは・・・。たくさん獲れないから?」
哲司は、必死で考えた答えを口にする。
「ああ、そのとおりだ。よく分かったな。」
祖父は大きく頷いてそう言ってくれる。
哲司もちょっぴり嬉しくなる。
「じゃあ、今朝哲司が食った山女はどこから手に入れたと思う?」
「神社から貰った?」
哲司は、これは正解では無いと分かりつつ、そう答える。
それ以外に、適当な答えを言えそうになかったからでもある。
(つづく)