第7章 親と子のボーダーライン(その156)
祖父の視線の先には井戸があった。
それは分かったが、それがどうしたって感じだ。
「以前にやった?」
哲司は、祖父が言った言葉に引っ掛かりがあった。
「あああ・・・。」
哲司の瞼に、ある場面が浮かんだ。
「どうやら、分かったみたいだな。」
「あ、あれでやるの?」
「ああ、そういうことだ。」
どうやら、祖父と哲司は同じところに立てたようだった。
「以前はなかなか汲み上げられなかったけれど、今の哲司ならあれぐらいは簡単だろ?」
祖父が相変わらず腕組みをしたままで言ってくる。
「や、やってみる・・・。」
哲司は、そう言って井戸に近づいた。
その間も、以前にやったときの工程を思い出していた。
井戸には大きな蓋がしてあった。
空から雨や埃が入らないようにと配慮したものだ。
哲司は、それを押すようにしてずらせる。
そして井戸の中を覗き込む。
ようやっと、祖父がやってくる。
そして、哲司と同様に、井戸の中を覗き込む。
「おお、結構の水量があるなぁ。これだと、今年の夏は水不足に困らないかも知れん。」
祖父は、少し嬉しそうにする。
「じゃあ、頑張ってやってみな。」
そう言ったかと思うと、祖父はその場を離れて、近くにあった大きな石の上に腰を下す。
どうやら、そこで哲司の仕事振りを眺めるつもりのようだ。
「よ〜し! やってやる。」
哲司はそう言って、上に掛けてあったつるべを手にする。そして、それを井戸の中へと放り込む。
ガラガラガラと音がして、上に固定された滑車が回った。
「ところでな、哲司。」
石の上に座った祖父が言う。
「ん? な、なに?」
「そこで水を汲み上げるまでは良いんだが、それからどうするつもりだ?」
「・・・・・・。」
哲司は、はたと手が止まる。
そ、そうなのだ。ここで水を汲み上げても、タライまでは距離がある。
だったら、蛇口を捻ったのと同じになるではないか・・・。
(つづく)