第7章 親と子のボーダーライン(その146)
結局、祖父は哲司が食べているヤマメをどこから手に入れたのかを教えては呉れなかった。
哲司の気持の中には、「神様から頂いた魚」という印象だけが強く残った。
それにしても、とても美味しい魚だった。
「おおっ! ぺろっと食ったなあ・・・。」
祖父は突然思い出したようにそう言った。
哲司が意識して話さなくなってからしばらく経ってのことだった。
祖父が驚いたように、哲司はとうとう他の何にも手をつけないままで、一気にヤマメの塩焼きを食べ尽くした。
そして、もう両手の間にあったのは、凛々しいヤマメの骨だけだった。
「あ〜あ・・・、美味しかったぁ・・・。」
哲司がようやく両手からヤマメを皿に戻す。
頭の部分と尻尾の部分しか残ってはいなかった。
「さ、その手布巾で手を拭きなさい。」
祖父は、嬉しそうに言う。
「これで、この魚の元気をもらえた?」
哲司がそう訊く。
「ああ・・・、そ、そうだな。その山女が生きてきた生命力が哲司の中に受け継がれたんだな。」
祖父は、哲司の言葉に何度も大きく頷いた。
「さ、他のものも食べなさい。この殆どは、お婆ちゃんが精魂込めて作り守ってきた畑から取れた野菜だ。
きっと、お婆ちゃんの味がするだろうよ。」
「う、うん。」
哲司は、改めて箸を手にする。
御飯に味噌汁。大根の煮付けに、ほうれん草のおひたし、それに何と焼餅まであった。
夏のことだからと、大根やほうれん草はしっかりと冷やしてあるようだった。
器に水滴が付いていた。
日頃、哲司は朝食にこれだけのものを食べはしない。
トースト2枚にバターかジャムを塗ったものと、後は玉子焼きかゆで卵。
それに、コーヒー牛乳程度だ。
準備する母親も楽だろうが、食べる哲司もあっという間だ。
そして、学校へと駆け出していく。
それなのに、どうしてか、この田舎に来ると、朝からしっかりと食べられる。
重たいとも思わない。
哲司は茶碗を手にして再び食べ始める。
(つづく)