第7章 親と子のボーダーライン(その144)
「だ、だって・・・、神社って、神様の家なんでしょう?
随分と前に、お爺ちゃんが教えてくれた・・・。」
哲司は、幼稚園の頃を思い出して言っている。
その当時は、まだ祖母も健在だった。
だから、こうして田舎に遊びに来ると、お爺ちゃんとお婆ちゃんに可愛がってもらったものだった。
何しろ、ふたりにとっては、哲司が初めての孫だったらしい。
その祖母が、哲司が小学校1年のときに病死した。
どうやら、心臓が悪かったようだ。
倒れたと電話があって、両親に連れられて病院に駆けつけたが、もうその時には顔の上には白い布が掛けられていた。
母親は泣いていたようだったが、どうしてか、哲司は涙が出なかった。
どうして息をしていないのか、どうして目を開けないのか、どうして「よく来たね」と言ってくれないのか、そんなことばかりを考えていたように思う。
「そ、そうだったなぁ・・・。初めて、村の鎮守様のところに連れて行ったとき、哲司は“ここは誰のお家?”って訊いたんだよな。
それで、“ここは神様のお家だ”って教えたんだった・・・。
それにしても、よ〜く覚えていたなぁ。そんな昔のこと。」
祖父も、どうやらその場面をはっきりと覚えていたらしく、懐かしそうな顔で言う。
「う、うん・・・、あの時は、お婆ちゃんも一緒だったよね・・・。」
哲司は、そう言ってしまってから、「しまった、余計な事を言った」と思った。
そして、祖父の顔を申し訳なさそうに見る。
祖母が死んで2年。
母親は、祖父に何度も「一緒に住もう」と言った様だった。
高齢の祖父をたったひとりで暮らさせるのが辛かったようだ。
それでも、祖父はこの場所から動こうとはしなかった。
「ここにはお婆ちゃんと一緒に暮らしてきた実感があるから」と言うのが祖父の言い分だった。
そして、今でも、こうしてひとりで生活をしている。
「そ、そうだったなあ・・・。お婆ちゃんは、哲司が来るのを、ほんと楽しみしてたんだよなぁ。
だから、それまでには作ったことの無かったハンバーグなるものに挑戦をしてた。
買ったことも無かった料理の本を買ってきてなぁ・・・。」
「は、ハンバーグ?」
「そ、そうだ。お母さんから、哲司がハンバーグっていう食べ物が一番好きだって聞いてな。」
「ぼ、僕のために?」
「ああ・・・、一生懸命だったよ。爺ちゃんも何度も食べさせられた。これでどうかって・・・。」
「で、どうだった?」
「う、うん・・・、そりゃあ、旨かった・・・。何しろ、哲司に喜んでもらいたいって気持が一杯に入っていたからなぁ・・・。」
祖父の眼に、何かがキラリと光った。
(つづく)