第7章 親と子のボーダーライン(その143)
「ど、どうして? こんなに美味しい魚なのに・・・。」
哲司は単純な発想をしたつもりだ。
美味しいものは必ず売れる。
カップラーメンでも、スナック菓子でも、冷凍コロッケでもそうだろう。
そうしたものは、スーパーで山のように積み上げられていても、あっという間になくなってしまうらしい。
それだけ売れるってことだ。
「う〜ん、魚が工場で作られるようになればスーパーにも並ぶかも知れんが・・・。」
「・・・・・・。」
哲司は、「なるほど」と思ってしまう。
確かに、こうした魚は工場では作れない。
「だったら、お爺ちゃん、これ、どこで買ってきたの?」
これまた、哲司としては単純な問いである。
スーパーで売っていなければ、どこで買ったのだろうと。
「それは、頂いてきたんだ。」
「もらい物なの?」
「そ、そうだなぁ・・・。“もらい物”ではなくって“頂き物”だな。」
「頂き物?」
そうした会話をしつつも、哲司は一度たりともそのヤマメを皿に戻していない。
ずっと、食べ続けている。
それほどまでに旨いのだ。
「“もらい物”と“頂き物”ってどこが違うの?」
哲司の国語力では、まったく同じ事のように思える。
少し丁寧に言うかどうかだけの違いなのではないかと。
「う〜ん、そうだなぁ。“もらい物”は他人様から。そして、“頂き物”は神様からってことかな?」
祖父は、そう言ったものの、少し難しい言い方をしたかと後悔するような顔をする。
そして、哲司の反応を窺うようにする。
「ん? ってことは?」
哲司には、やはり正確には理解できなかった。
ただ、祖父の説明は、さらに哲司の興味を膨らませるだけの魅力があるようで、いつものように分かったフリで会話を終えるようなことはしなかった。
「だから、そのヤマメは、爺ちゃんが神様から頂いてきたってことだ。」
祖父が、そう結論付けるように言う。
「神様からって・・・、神社に行って?」
またまた、哲司が質問を繰り出す。
まるで漫才のようだ。
「あははは・・・、そうか、哲司は、神様と聞けば神社となるのか・・・。」
祖父は、孫の発想に付いていけないという顔をする。
それでも、そのこと自体を楽しんでいるようにも見える。
目が糸のように細くなる。
(つづく)