第7章 親と子のボーダーライン(その142)
「4歳と言っても、そいつはもう立派な大人だ。
哲司に食われるためにそこまで大きくなってくれたんだな。」
祖父は諭すようにゆっくりと言って来る。
「ええっ! ぼ、僕に食べられるために?」
「おお、そうだ。そのとおりだ。
だから、そうした物への感謝の気持を込めて、食べる前に“いただきます”って言うんだからな。
あの言葉は、“命を頂きます”っていう自然への感謝なんだ。」
「・・・・・・。」
哲司は、魚の目に見られているような気持になる。。
「こうした魚ってのはな、1匹の母親から何万という子供が生まれる。
つまりはだ、それだけの卵を産むってことだ。
そのうち、こうして成魚、大人になるのは1%にも満たない。
だから、そいつはそれだけ生きる力を持っていた奴ってことだ。
その生きる力を、その命と共に人間が頂戴するんだな。
そして、哲司がそいつの生きる力を受け継いでいくんだ。
分かるか?」
「な、何となく・・・。」
哲司は、それこそ何となくだが、祖父が言っていることは素直に飲み込める。
「じゃあ、ありがたく食べな。」
「う、うん・・・。」
哲司は、手にした焼き魚に食らい付く。
最初の一口で、その魚の味が口一杯に広がる。
淡白な味だが、そこには薄っすらとした塩味がつけられていた。
「お、おいしい!」
哲司は、正直にそう言う。
元々、魚はあまり食べなかった。いや、食べさせて貰っていなかったと言うのが正しいのかもしれない。
物心が付いてからというもの、家で魚を食べた記憶が殆ど無かった。
サンマを除いてはだ。
それは、哲司が嫌ったのか、それとも母親が魚料理が不得手だったのか、それは分からない。
かと言って、魚が食べられないかと言えば、決してそうではなかった。
寿司も好きだし、刺身も好きだ。
焼き魚も煮魚も、出されれば平気で食べる。
もちろん、好きだと認識するほどの回数は無かったが・・・。
「そ、そうか・・・、旨いか・・・。」
祖父は、満足げに何度も頷く。
「この魚って、スーパーで売ってるの?」
哲司は、あまりの美味しさに、そう訊く。
売っているようであれば、母親に頼んで買ってきてもらおうと思ってのことだ。
「スーパー? あははは・・・、きっと、売ってないだろうなぁ・・・。」
祖父は、哲司の発想を面白げに笑う。
(つづく)