第7章 親と子のボーダーライン(その141)
「おお・・・、賢い賢い・・・。」
祖父は、哲司が「いただきます」とやったことをそう褒める。
「いつもそうしてやっているのか?」
「う、うん・・・。お母さんが煩いし・・・。」
「あはっ! そ、そうか・・・、お母さんが煩いか・・・。」
祖父は、哲司の言葉を否定しない。
頷きながら聞いてくれる。
父親に同じ言い方をすれば、必ずと言って良いほど叱責が飛んでくるのにだ。
だからなのかもしれない。滅多にこうして一緒にいないのに、どうしてか居心地は決して悪くは無い。
「お爺ちゃん、これって、何て言う魚?」
哲司が先ほどから気になっていたことを訊く。
初めて見たような気もするが、焼き上がった魚体から立ち昇る匂いが何とも美味そうに思えたからだ。
「そいつは山女だ。」
「ヤマメ? サンマじゃなくって?」
哲司は魚の区分が分からない。
家でも魚料理は殆ど出てこない。
せいぜい知っているのは、父親が好んで食べるサンマぐらいだ。
それも、単に名前と味を知っているだけで、目の前の魚がそうであるかなどは一切分からない。
「サンマか・・・。あいつは海に住んでてな、この山女は川に住んでる魚だ。
しかも、一生を川で過ごす。海を知らない魚だ。
だから、漢字で書くと、山の女となる。」
「へぇ〜・・・。でも、美味しそう。食べても良い?」
「ああ、もちろんだ。なんだったら、両手で持ってかぶり付いたら良い。」
祖父は、自分が作った料理に孫の哲司が興味を抱いてくれたことが何とも嬉しいようで、これ以上は崩せないと思うほどの笑顔を見せる。
「手を使っても良いの?」
「ああ、そうしろ。ここじゃあ、それで良い。」
祖父は、そう言って、いずれは必要になるだろうと思ったのか、濡れた手布巾のようなものをそっと哲司の傍に出してくれる。
哲司は嬉しくなって、持っていた箸を一旦は置いて、両手で山女の頭と尻尾を持つ。
見た目よりもずっしりとした重さがあった。
身がしっかりと付いているという感じだ。
全長は25センチほどといったところだろうか・・・。
哲司は、両手で持った魚を改めて見る。
こいつが川の中をスイスイと泳いでいる姿は想像するしかないが、こうして手に持ってみると、今にもこのまま泳ぎだしそうな気がする。
「立派なもんだろ? これで4年物だ。つ、つまりは4歳ってことだ。」
祖父がそう説明をしてくれる。
「4歳なの?」
哲司は、この魚はまだまだ大きくなる筈だったんだと思う。
(つづく)