第7章 親と子のボーダーライン(その137)
今思えば、あのとき生まれて初めて「異性」を意識したような気がする哲司である。
それを「初恋」と言うのかどうかは何とも分からないが、少なくとも、美貴のことを考えるだけで胸がドキドキするのを自覚した。
それでも、哲司は、なかなか美貴とは親しくなれなかった。
どちらかと言えば、美貴の方が積極的。
それでなのか、どうしても哲司は受身になる。
これも、今の時点で考えれば、「まことに惜しい事をした」となるのだろうが、当時の哲司にはそうしたことを考えるだけの余裕も力量も無かった。
女の子から積極的に誘われる。
もちろん、小学校4年でのことだから、如何に時代は早熟化が進行しているとは言っても、さすがに大人の男女の関係にはなりえない。
それでも、従来の「スカートを穿いているのが女の子」という単純な区別意識はぶっ飛んでいた。
それだけに、その扱い方が分からなかった。
美貴も変化を見せてはいた。
誕生日以降、美貴は驚くほど積極的だった。
その翌朝の登校時に哲司を待ち伏せしていたようにだ。
だが、学校の中でのそうした美貴の動きを嫌う哲司を知ってか、それからは、皆のいる前では以前と同様のさりげない振る舞いを守ろうとした。
その一方で、登下校では、その途中で哲司を待ち受けるようになる。
放課後を何とか哲司と一緒に過ごしたいと、いろいろな誘いを言ってきた。
「新しい漫画が家にあるの」だとか、「面白いテレビゲームを買って貰ったから一緒にしないか」とかである。
つまりは、何とか理由を付けて、哲司を自宅へと連れて行きたがった。
やはり、その辺りが帰国子女なのだろう。
アメリカ的な行動基準を持っているようだった。
ボーイフレンドが出来れば、まずは自宅に連れて行って家族に紹介をする。
そして、互いの自宅を行き来する。
そうなれば、表を歩くときでも、学校の中でも、互いに手を繋いだり、稀にはキスの真似事までするらしい。
もちろん哲司はそんなアメリカの習慣も知らないし、興味もなかったのだが、美貴の扱いに苦労している哲司を見かねて龍平がそっと教えてくれた情報である。
「そのことは、ミィちゃんにも言ってあるから・・・。」
龍平はそうも付け加えてきた。
それがどう意味なのかは哲司には分からなかったが、美貴の変化を見て、どうやら龍平が「ここは日本なのだから」と美貴に自重を求めてくれたようだった。
そうこうしているうちに、2ヶ月が過ぎ、3ヶ月目に入った。
そう、美貴が4年生のクラスで勉強をする予定の期間が間もなく終わるのだった。
(つづく)