第7章 親と子のボーダーライン(その136)
「お、おう・・・。」
哲司は、逆にドギマギする。
つい、今さっきまで、哲司を執拗に追いかけてきた美貴である。
哲司は、そのままの勢いで教室内に入って来られることを覚悟していた。
だからこそ、ドアも開けたままにしたのだ。
だが、美貴はそうはしなかった。
ワンテンポずらせるようにして、しかも、哲司が入った後ろ側のドアではなくて、前側のドアから入ってきた。
クラスの中には、哲司と一緒に登校してきたことを隠そうとしたようだった。
(ふ、ふぅ〜、助かった・・・。)
哲司の本音だった。
美貴が隣の席に座った。
昨日の夜とは左右が逆だが、哲司はふとその場面を思い出す。
美貴は、椅子に座ったままで、僅かにだが机を持ち上げる。
そう、少し浮かせた感じだ。
そして、それを数センチだけ哲司側へと寄せて降ろした。
その後、その机に合わせるようにして、座っている椅子も少し哲司側へと寄せる。
(ああ・・・、そ、そうだった・・・。)
哲司は、昨日、美貴の部屋で見た教科書の束を思い出した。
哲司は、美貴が教科書を受け取っているとは知らなかったのだ。
だから、美貴の部屋でそれを見たときには、「あれ?」と思った。
だったら、どうして持ってこない? そうも思った。
美貴は「鞄には入っていた」と言う。
それでも、それを机の上に出すことはしなかった。
それまでと同様に、哲司の机に自分の机をくっつけるようにして、哲司の教科書を共用した。
「だ、だって・・・」と美貴は言った。
そうなれば、哲司の机とくっつけられない。
そういう意味だったようだ。
「それで、先生にも叱られて・・・」と美貴がその結果を説明した。
ああ、だから、1時限目の授業が終わってから、美貴が担任に呼ばれていたのかと哲司は理解をした。
「昨日まで、ありがとう。」
改めて美貴が言ってくる。
席に着いてから、哲司がじっと見ていることに気が付いてのことだろう。
「・・・・・・。」
「今日は、教科書持って来たし・・・。」
美貴は、少し淋しそうにそう言った。
やがて、授業が始まるチャイムが鳴る。
(つづく)