第7章 親と子のボーダーライン(その135)
「あ、あれは・・・。」
哲司は、何かを弁解しようと口を開いた。
だが、すぐにその言葉を飲み込んでしまう。
ひとつには、既に学校内に入っていたから、周囲に生徒達が大勢いたこと。
そして、もうひとつには、言い掛けた弁解が理論的ではなかったからだ。
下手なことを言えば、また追われる。
「な、なに?」
美貴は執拗に迫ってくる。
急ぎ足で教室に向かう哲司とどこまでも併走するつもりのようだ。
「ま、また後でだ・・・。」
哲司はそう言って美貴を振り切ろうとする。
そして、教室のドアに手を掛けた。
出来れば一緒に入りたくはなかったが、もうそうは言ってられない。
「おっは!」
哲司は、いつもの調子でドアを開けた。
そして教室内へと入る。
いつもは、入ればすぐにそのドアを閉めるのだが、今は後ろに美貴がいることを意識して、そのままにした。
つまりは、美貴のためにドアを開けたままにしたのだった。
もう、クラスの殆どは教室内にいた。
自分の席に座っていない子もいるにはいたが、それでも、殆どの席が埋まっているという感じだった。
哲司は、教室の後ろから自分の席へと向かう。
これはいつものことだ。
以前と違っていたのは、横の席に美貴が座っていないことだけだった。
哲司が席に座る。
間もなく、同じようにして後ろから美貴が横の席にやってくると思った。
何しろ、哲司と並ぶようにして教室の前までやってきていた。
「ん?」
哲司は後ろの方を振り返る。
いつまで経っても、その美貴が席に着かなかったからだ。
と、教室の前方のドアが開いて、そこから美貴が入ってきた。
「おはよう、美貴ちゃん。今日はどうしたの?」
美貴を挟んでさらに隣の席にいた岸部悠子が声を掛ける。
「ああ、おはよう。お寝坊しちゃって・・・。」
美貴はそう弁解をした。
どうやら、いつもはもっと早いのにと言われたようだった。
「おはよう。哲ちゃん・・・。」
美貴は、教室前までのことに敢えて触れないつもりのようだ。
如何にも、今初めて顔を合わせたという言い方をする。
(つづく)