第7章 親と子のボーダーライン(その133)
結局のところは、そのアメリカ行きの話しは実現しなかった。
どうしてなのか?
哲司は、そんなことを考えたりもしなかった。
それは、その話自体を美貴が言ったのではなくって、その父親が言ったことだったからだ。
別に、最初から「冗談に決まっている」とも思わなかったが、それでも、大人が言う話は往々にして当てにならないという感覚があったからでもある。
ただ、その日を境にして、山川美貴の哲司に対する言動が大きく変わったのは事実だった。
明らかに、「ガールフレンド宣言」をしたかのようにだ。
その翌日、いつものように哲司は学校へと向かった。
そう、いつもの時間に、いつもの道を通ってである。
本当は、集団登校制が決められていたから、こうしてひとりで登校するのは校則違反のようなものだった。
それでも、当時はそこまで喧しくは言われなかった。
だから、哲司もそれをやめたりはしなかった。
いつものように、民家と民家の間の細い路地を通って行く。
そこは、いわば私道である。どちら側かは分からないが、誰かさんの土地なのだ。
それでも、そこを抜けいて行くと、正式な通学路を行くよりも子供の足でも5分は違ってくるのだ。
つまりは、それだけ近道をしていることになる。
(皆、どうしてそんな遠回りをする?)
それが哲司の感覚だった。
道があるんだから、しかもそこを通ると近道なんだから・・・、そこを使わないのは馬鹿でしかない。
そう思っていた。
と、次の角を曲がると、学校への最後の大通りに出られるというところまで来たときだった。
「お、おはよう! 哲ちゃん。」
そう声を掛けてくる奴がいた。しかも、女の声である。
哲司が振り返る。
そう、後ろから声を掛けられたのだ。
「ああ・・・。」
哲司は、それだけしか言葉にならなかった。
その視線が捉えたのは、物陰に隠れるようにして立っていた美貴だったからだ。
「昨日はありがとう。」
そう言ったかと思うと、美貴はすかさず哲司の手を握ってきた。
いや、そう思ったのは哲司だけだったかもしれない。
美貴にすれば、手を繋いだだけと思っているようだった。
そして、そのまま歩き出そうとする。
「や、やめろやい!」
哲司は思わずそう叫んだ。
(つづく)