第7章 親と子のボーダーライン(その131)
「そ、そんな大切なものを?」
美貴が目を丸くして言う。父親とはまた別の思いがあるようだ。
「う、うん・・・。」
哲司は、それしか言わない。いや、言えない。
もう少し、何かを付け加えないと自分の気持は伝わらないような気もするのだが、それが言葉になることはなかった。
どうして、こんな大きな話になるんだろうと言う単純な疑問まである。
「哲ちゃんは、音楽駄目だもんな・・・。」
横から龍平が口を出す。
しかも、今までは「哲司君」と呼んでいたのに、ここに来て「哲ちゃん」と呼び変えた。
つい、いつもの癖が出たのかと言えば、決してそうではないようだ。
龍平の顔が真面目なものになっている。
「お爺さんが言われたそうです。笛は、音楽をする人のために作るんだと。
自分の作品の出来栄えが良かったからと言って、それを何処かに飾るようでは笛が泣くって・・・。
笛は、音楽を愛する人に愛されてこそ、その存在価値がある。
笛の価値は、それを吹く人によってしか高められないって・・・。
な! 確か、そんな話だったよな。」
龍平は、その最後の部分は哲司に向かって投げてきた。
とは言え、哲司はそれを肯定するだけの根拠を持たない。
爺ちゃんがそんなことを言ったという記憶もない。
そうなのだ。
今、龍平が言った一連の話は、龍平の創作、つまりは作り話である。
だが、それを聞いた目の前の美貴や美貴の父親の顔を見て、哲司は「それは違う」とは言えなくなっていた。
「ほほう・・・。とても良い話だ。それは、確かに、御爺様が仰る通りかもしれない。」
まずは美貴の父親がそう言った。
まさに、龍平が話した創作話に感銘を受けたかのようにだ。
「だ、だから、音楽が苦手な哲ちゃんは、自分が持っているより、ミィちゃんに持ってもらうほうが笛も喜ぶだろうって・・・。
な! 、そういうことだよな!」
龍平は、哲司に同意を求めてくる。静かにだが、それなりの圧力を感じる。
「う、うん・・・、大体は・・・。」
哲司は、半分は龍平に感謝をし、残り半分は「余計な事を」という怒りがあった。
ミィちゃんの、つまりは美貴の誕生会に招かれた。
最初は断った。
明確にではないが、それとなく・・・のつもりでだ。
だが、それを知った龍平がそれをひっくり返したのだ。
そして、プレゼントに迷ったとき、この竹笛が良いと強力に主張したのも龍平だった。
何やら、龍平のシナリオに乗せられているような気持がする哲司である。
(つづく)