第7章 親と子のボーダーライン(その130)
「はい。うちの小学校には、音楽専門の先生がいるんですが、その先生、実は非常勤講師で、本業は何とかと言った交響楽団の一員なんだそうです。」
龍平が、その大騒動の場面を思い出すかのように語る。
「ほう・・・、それは良い先生だ・・・。」
美貴の父親は興味深そうに龍平の顔をじっと見つめる。
「で、その音楽の先生が、哲司君の笛を絶賛しましてね。音が正確で、かつ綺麗だと。」
「そ、それで?」
「秋の文化祭のときに、それを先生自ら演奏したんです。
そう、あの有名な“荒城の月”なんかを・・・。
素晴らしい演奏でした。来てくれていたうちの両親も聞き惚れたと言ってましたから・・・。」
「ほ、ほう・・・、ご両親までもが・・・。」
「で、とうとう、哲司君に、この笛を譲って欲しいって言ってきて・・・。」
「余程、気に入ったんだろうなぁ〜。」
「そ、それも、売って欲しいと・・・。」
「えっ! お金を出すと言ったの?」
美貴の父親は、そう言って、龍平の顔から哲司の顔へと視線を移動させる。
さすがに、信じられないとでも言いたげである。
そりゃあ、そう感じるのが常識的だろう。
如何に上手に作れたと言っても、たかが小学生が作った手作りの竹笛である。
交響楽団に在席しているようないわば音楽のプロが、お金を出してまで手に入れたいとは思う筈が無い。
哲司は、黙って頷くだけになる。
「でも、哲司君はそれを断ったんだよな。」
龍平が哲司に改めて確認するように言う。
これにも、哲司は黙って頷く。
「ど、どうして?」
父親は、今度は哲司の顔をじっと見る。
そこまで言われて、どうして断ったと問うのも、これまた大人の感覚としては当然でもある。
「爺ちゃんと一緒に作った笛だから・・・。」
ようやく、哲司が自分の口からそう言った。
事実、それが本音だった。
金額の多寡は別にして、爺ちゃんが懸命に手取り足取り教えてくれたものを、自分の一存で売り飛ばすことなど出来はしなかったのだ。
「じゃあ、そんな大切なものを、哲司君はこの美貴に呉れると?」
父親は、今度はその点が気になったようだ。
「・・・・・・。」
哲司は、またまた黙ったままでひとつ、大きく頷いた。
そして、隣の席の美貴を見る。
(つづく)