第7章 親と子のボーダーライン(その128)
(ええっ! お、俺?)
哲司は、覚悟をしていたにも関わらず、いざ、そう言われるとうろたえる。
どこから始めて良いのやら、さっぱり分からない。
そのために龍平の言い方をじっと聞いていた筈なのに・・・。
「哲司君のプレゼントはサプライズだよ。」
哲司の窮状を見かねたのか、龍平がそう切り出してくれる。
だが、哲司は、龍平が言った「サプライズ」の意味が分からなかった。
おまけに、「哲司君」と日頃は使わない呼び方をされたものだから、いよいよもって頭が真っ白になる。
それでも、何とか立ち上がる。
「わっ! な、何を呉れるの?」
哲司の動きに合わせるようにして美貴も立ってくれる。
哲司は、横の空いている席に置いていた楽器ケースをそっと手にする。
それでも、その手が小刻みに震えているのが自分でも感じられる。
「こ、これ・・・、プレゼント・・・。」
ようやっとのことで、哲司はそれだけを言う。
「あ、ありがとう・・・。で、でも・・・、これって・・・。」
美貴は、手渡されたものが楽器ケースだとはすぐに分かったようだった。
それでも、その中に入っているであろう品物が想像できなかったらしく、しばらくは呆然とした顔で立っていた。
「開けてごらん?」
傍からそう言ったのは龍平だった。
その中身を知っているからか、その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
「開けても良い?」
美貴が哲司に訊く。
「・・・・・・。」
哲司は、黙って首を何度か縦に振る。
何かを言わなければと思えば思うほど、口の中がカラカラに乾いていく。
そして、舌が唇にくっついたままのようになって、何も言葉が出せなくなる。
美貴は一旦は椅子に腰を下した。
そうでなければ開けにくいと思ったようだ。
そして、膝の上に楽器ケースを置いて、おもむろにそれを開けにかかる。
白いワンピースに真っ黒の楽器ケースが、綺麗なコントラストを描き出す。
そう、哲司にとっては、もう周囲の色が飛んでしまったような一瞬だった。
「う、うっそう! ほ、本当に、これ呉れるの?」
ケースを開けた美貴が、素っ頓狂な声をあげた。
まさに、サプライズであったらしい。
「ん? な、何を頂いたんだ?」
真向かいの席から、美貴の父親が立ち上がるようにして娘の手元を覗き込む。
(つづく)