第7章 親と子のボーダーライン(その126)
「じゃあ、行くわ。」
美貴はそう言って、空気を胸いっぱいに吸い込む。
そんなにしなくってもと思えるぐらいにだ。
その時だった。
横の席からその姿をじっと見ていた哲司は、美貴が空気を吸い込んだ胸が前に大きく膨らんでいるのに気が付いた。
そ、そう・・・。胸がだ・・・。
(あっ! ミィちゃんって・・・。)
哲司は、またまた衝撃を受けた。
確かに、美貴は女の子である。決して男ではない。
それでもだ。その「女の子」の「女」の部分を強く意識したことは無かった。
単純に、ズボンじゃなくって、スカートを履いているのが「女の子」という感覚だった。
だから、女の子を「異性」として感じる事は無かった。
それなのに、こうして間近にその胸の膨らみを見ると、今までの概念がガラガラと壊れていくように思えた。
そもそも、子供のときは、どちらかと言えば女の子の方が成長が早いと言われている。
だから、学校の成績でも、上位を占めるのは女の子が多かった。
逆に、下位を独占するのは哲司を含めた男の子達だった。
もちろん、体力的な優位は男の子にあったが、精神的な面はやはり女の子に勝てなかった。
美貴がローソクの火を一気に吹き消す。
パチパチパチ・・・と、周囲から拍手が起きる。
もちろん哲司も拍手をした。
だが、そのタイミングは、その中では一番遅かった。
哲司は、すぐにでも拍手をしようと思った。
主役の美貴がケーキのローソクの火を吹き消せば、それに対して拍手をするのが当然だと思っていたからだ。
それぐらいの常識はあった。
だが、すぐさま両手が揃わなかった。
それは、美貴が依然として哲司の片手を握ったままだったからだ。
もちろん、皆からは見えないようにと、テーブルの下ではあったが。
その手を振り解いての拍手だった。
ここで拍手をしなければ、皆から変に思われるだろうという焦りがあった。
美貴は、吹き消した後、にっこり笑ったようだった。
室内の照明を落とし、ケーキの上のローソクの火が際立つようにとの演出の中である。
その火を吹き消せば、当然だが、周囲は殆ど闇に近くなる。
それでも、哲司は美貴が笑顔になっていたのをしっかりと感じていた。
「うふっ!」という声までが聞こえたような気がする。
やがて、室内の照明が元へと戻される。
(つづく)